不在

シテール島への船出の不在のレビュー・感想・評価

シテール島への船出(1983年製作の映画)
4.0
監督テオ・アンゲロプロスの父スピロスは、ギリシャ内戦中に人質にされ、テオが9歳の時に戻ってきたという経緯があるそうだ。
この作品はそれに着想を得たのだろう。

この映画の主人公、映画監督のアレクサンドロスは、自身の父親が32年ぶりにギリシャへ帰ってくるという構想の映画を撮っている最中。
アレクサンドロスの父親は、戦後の内戦において社会主義の為に戦った結果、政治犯となってしまう。
4度の死刑判決を下され、やむを得ず家族を残してソ連へ亡命する事となった。
そして長い年月を経て、夢にまで見た故郷へと帰ってくるが、そこはもう自分の知っている風景ではなくなっており、彼の孤独はロシアにいた頃よりも増していく。
数十年経った今でも口笛で会話が出来るほど、彼のアイデンティティはギリシャに根付いているのに、警察にもロシア人と呼ばれてしまう始末。
彼のエデンの園に実った果実はもう腐ってしまったのだ。
そしてそんな彼が妻と共に、愛の女神が辿り着いたとされるシテール島へと旅立っていく所で映画は終わる。
船出と呼ぶにはあまりに粗末だが、何にも縛られない所で二人は遂に愛を叶えるのだろう。

この作品を映画の中の映画として表現したのは、恐らく映画監督をしているアンゲロプロス自身と、彼の父親の影を同じフレームに落とし込む為だ。
それによって、この二人が抱える孤独を同時に表現する事に成功している。

国家や信念、自身の正義の為に戦った男にもたらされたものは、孤独と喪失だけだった。
彼が最後に見せた意志すらも台本の一部だ。
人は映画のように何かに操られて生き、決められた破滅へ向かうしかないのか。
不在

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