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オリーブの林をぬけての海のレビュー・感想・評価

オリーブの林をぬけて(1994年製作の映画)
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『友だちのうちはどこ?』の少年が植木鉢を持って走ってくるシーンでもう感動が抑えられなかった。いろんな場所から集められ、いろんな人の手によって置かれ、いろんな人の腕に抱えられ帰っていく、植木鉢、わたしはこの監督の作り出す空気、映し出す時間がきっと好きでたまらない。男でも女でも良い、土でも花でも良いから、どれかになったつもりでそっと息をそろえてみたくなる。遠い異国に吹いていた風も、知らない時代に満ちていた情調も、聞きなれぬ言語に育っていた時間も、映画はこんなにも伝えてしまうものなのかと驚いた。立原道造の、「コップに一ぱいの海がある/娘さんたちが 泳いでゐる/潮風だの 雲だの 扇子/驚くことは止ることである」という短い詩の中には、「コップ」の中の「一ぱい」の「海」という本来あり得ないはずのものを、自然に思わせてしまうだけのおだやかさがある。キアロスタミ監督の映画には、信じられないほどの優しい眼差しが、自然に存在してしまうだけのなだらかさがある。驚き、目が離せず、時間は止まる、それは紛れもない感動だった。駆け出したきみはオリーブの林をぬけてここに帰ってくるだろう。弾む呼吸の告げるラストをいつまでもこの場所で待っていられる、果てしなくつづいていく、あなたの人生の物語を。
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