Kamiyo

ヘカテのKamiyoのレビュー・感想・評価

ヘカテ(1982年製作の映画)
3.8
1982年 ”ヘカテ” ダニエル・シュミット監督

「ヘカテ」とはギリシャ神話の残酷な女神らしいですが
ファムファタルに惚れこみ惑わされ、
仕事をほっぽり出し、愛欲に溺れ、翻弄される男
フランス統治時代の北アフリカを描いた映画は「望郷」「カサブランカ」など名作揃いではあるが、怪しく美しい映像と音…エキゾチックな映画

1942年のスイスのベルンから映画は始まる。
外交官であるロシェル(ベルナール・ジロドー)は豪華な晩餐会の席上でドイツのモスクワ侵攻の可能性を問われ気の無い返事で取り繕う。彼の頭の中は昔10年前に赴任先のアフリカで出会ったクロチルド(ローレン・ハットン)という人妻のことで一杯だったのだ。
クロチルドのウェーブのかかったちょうど良い長さの金髪と、体にぴったりで、背中が開いたシルクのドレスが、どこでもなくいつでもない場所に私を連れて行ってくれました。ここから回想シーンがスタートしていく趣向だった。

ロシェルは、フランス領モロッコの領事館に赴任する。領事館といっても一等書記官も置かれない田舎の赴任地で、秘書がひとりいるだけだ。迎えたのは上司のヴォーダブル(ジャン・ブイーズ)で、ここは地獄だ、と言いつつ、赴任先、全てが揃っていて、ないのは情婦だけと(頭の中で)ほざいていたロシェル。
夜になるとロシェルを社交クラブに案内する。そこでロシェルは、一人佇む美しい女クロチルドと出遭い、恋に落ちる。彼女は、自分のことを詮索もせず、ありのままの自分を受け入れてくれる理想的な女であった。デートやセックスを重ねるうち、ロシェルに男としての支配欲が湧いてきたころ、クロチルドには別居中の夫が異国にいることを知るが、ロシェルのクロチルドに対する思いはさらに激流のようになるばかりであった。そしてある日、クロチルドは忽然と消えてしまい、ロシェルは街中を狂ったように探し回るが見つからなかった。
仕事をほったらかしにしてクロチルドに入れ込んでも、上司は強く叱責するでなく黙認状態でしたが、現地少年を負傷させたことで英国領事館より苦情が入り、帰国命令が来て、やむを得ずモロッコを後にする。
クロチルドから離れてキャリアを積み昇進する。
10年が過ぎ、ロシェルは目元に皺もできて老ける。
そして今宵再び、ベルンの社交クラブに出向くと、そこにクロチルドがいた。二言三言会話を交わすが、クロチルドは去り、ロシェルも後を追わないのであった。
クロチルドは、以前と変わらぬ若さと美しさ、ドレスの色が黒になりフランス語を話さなくなっただけ。

ロシェルも人妻のクロチルドにも罪の意識があるようには見えず、母国を離れた言わば流れ者にとっては人生のほんの数ページを彩った出来事にすぎなかったのでしょう。
本国から希望してシベリアに赴任したロシェルは仕事が認められ、帰国して冒頭のベルンのパーティ会場に戻り、クロチルドと再会します。
二人の関係が再燃するポテンシャルはもはや感じられません。歳月と元々の愛の不在のためだったのでしょうか。

埃っぽい街も、いかにもアラブのモザイクタイルも、クロチルドの住む室内の壁の色も、すべてが濃厚で、観客ができることはただ見つめるだけ。思考放棄。

印象的な場面をひとつ。
この映画でおそらく一番有名なシーンはロシェルとクロチルドが服を着た立ち姿のまま、背後位で情事に耽るところだろう。この情事の最中に二人がいる建物の外観がワンカットだけインサートされていたのである。ロシェルが絶頂に達する直前にこのカットがある。見ているこちらは前のめりになっているのに一瞬肩透かしを食らった形になる。緊張と緩和の効果なのか。夜のしじまで繰り広げられている男女の営みと熱帯夜の静寂、このコントラストは絶品だった。
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