midored

「A」のmidoredのレビュー・感想・評価

「A」(1998年製作の映画)
4.5
地下鉄サリン事件以降のオウム真理教を信者視点から描くドキュメンタリー作品。鑑賞は手ブレ酔いとの戦いでしたが、事実は小説より奇なりを地でゆく面白さでした。

オウム真理教による数々の重大事件を知っていてもなお、広報部長の荒木浩氏やその他信者達の真面目さに胸をうたれる一方で、正義という免罪符を手にして群がるマスコミや公安や一般人が魑魅魍魎に見えてきます。不思議なくらい、これまでのイメージと真逆で眩暈がしてきます。

もちろん、頭では分かっているのです。オウム真理教はテロ行為を働いたカルト教団であり、その構成員は厳重に監視されるべきだと。なのにだんだん荒木氏が気の毒で仕方がなくなってくる。

と同時に教団のかかえる矛盾も見えてきます。

どれだけ資金があったのか次々と解体される教団施設の規模や、教祖の娘の異様さ、信者に禁欲を説きながら自らは強欲の限りを尽くしていた教祖の矛盾、何より、ゴキブリすら駆除せずナウシカみたいに「森にお帰り」しながらも人の命は犠牲にしてしまう教団の矛盾。このゴキブリシーンは痛烈な皮肉でした。

それでも「尊師」に帰依しつづける信者たちの姿に、つくづく「出家」しちゃったんだなと思いました。いかなる宗教であれ信仰心というのは理屈を越えてからが本物であり、精神的な鎮痛効力も発揮されるのですから、彼らにとって「尊師」がステーキを食べていようが子作りに励んでいようがもう関係ないのですね。

その姿は洗脳というよりは依存に見えました。そうして何かに依存していなければ生きられない精神的な弱さを抱えているからこそ、あんな風に純真で真面目なんだなと。その純粋さが怖いなと。

世代や時代やイデオロギーの種類を問わず、そんな危うい若者たちを利用するのは権力者です。これは戦争でも言えることだと、まるで旧日本軍の兵隊みたいな坊主頭で語る信者をみて思いました。

それ含めて国家権力についても考えさせられます。特に、演技力抜群のサッカー選手みたいに痛がってみせる公安警察の中年男性など、ドラマの憎々しい悪役さながらでした。いざターゲットにされたらこうして冤罪で逮捕されるのかと思うとゾッとします。破防法の適応云々に関しても単なる1教団の存続を越えた目論見があるわけで、一方的な権利行使の恐ろしさを如実に感じさせられました。

とは言え、1997年当時の日本にはまだ言論の自由や批判精神が保たれたまともな社会としての空気感が感じられるのが皮肉ではあります。

際どいテーマながら単純な構造ではまとめられない複雑さが映されていて非常に良かったです。これぞドキュメンタリーです。
midored

midored