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日本のいちばん長い日のTSのレビュー・感想・評価

日本のいちばん長い日(1967年製作の映画)
4.3
【終戦すべきか否か】91点
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監督:岡本喜八
製作国:日本
ジャンル:戦争
収録時間:157分
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 前々から観ようと思っていましたが中々手がつけられませんでした。で、終戦記念日が近づいてきたのでこれを機に観てみました。なんと、とんでもない傑作ではありませんか。もっと早くに観ておけばと思いました。日本史上最も重要な日となった1945年8月15日。言わずもがな昭和天皇の玉音放送が全国民に流された日であり、これをもってこの日を日本は終戦記念日としています。日本史の教科書では数行でしか記されないこの出来事ですが、実はこの放送をするにあたり途轍もない凄惨な事件があったのです。8月14日の深夜から15日の早朝まで起きたこの事件を「宮城事件」と言うのですが、今作の前半はポツダム宣言を受諾するのか否かというところに焦点をあて、後半はこの宮城事件に焦点があてられています。てっきり前半の緊迫した話し合いで二時間半使うのかと思っていましたから非常にバランスが良く見応えがありました。歴史好きだけでなく、大日本帝国がいかに葛藤して終戦を決断したかを窺えるので、全日本国民が観るべき映画だと思われます。

 当時の日本は8月6日に広島、8月9日に長崎に原子爆弾が落とされ逼迫した状態でありました。歴史にもしは禁句なのですが、ポツダム宣言を即座に受諾していたらこの原子爆弾も落とされなかったのかもしれません。同盟国のイタリアもドイツも降伏し、さらにはソ連が日ソ中立条約を破棄して侵攻してくるとなるならば、もう日本が勝てる見込みはほとんどありません。冷静に考えれば一刻も早く降伏すべき。現代の観点で見ればそう考えるでしょう。ところが、当時の人の考え方は必ずしもそうではない。ここに至るまで約300万人もの人が戦死しました。ここで終わってしまえば、亡くなった者たちの思いはどうなるのか。日本の武士道がその思いを強くするのか、軍部の者達は口を揃えて終戦を反対します。負け戦とわかっても、一人になるまで戦うことこそが筋であると。実際、肉親を失った者達からすれば、玉音放送は無慈悲なものであった模様。確かに終戦になれば今後空襲が起きることはないのですが、やはり亡くなった者達が報われない。一体何のための犠牲だったのか理解できなくなります。ここは戦争を知らない自分のような世代の観点とは大きく違いますから、どちらが正しいのかなんて簡単に言及できないようにも思えます。

 それでも、今作の後半の事件には唖然となりました。軍部の者達からすると、自分達の立場がない。このまま負けを認めれば自刃するほかない。それならばクーデターを起こし玉音放送を阻止し、戦争を続行するのが我々の使命と思うのでしょう。実際、公開当時クーデターを遂行した畑中健二に同情した鑑賞者も多くいたようで、観点の違いに少し恐怖を感じました。挙げ句の果てには、あと二千万人の特攻隊を出せば勝機はあるという者も出てきますので空いた口が塞がらない。自分は出陣せず、兵士をただのコマと思っているのではと思わずにはいられない。もしこのクーデターが成功して本土決戦になっていれば、まだどれだけの人間が殺されていたのか、はたまたあといくつの原子爆弾が落とされていたのか、どう考えても日本が勝つビジョンが見えないため、後に退けない意地だけで戦争を続けるのはやはり違うと思います。それは虚しくも自分たちの行動を正当化するだけのエゴに過ぎないと感じられます。何が正解かはわからないですが、一つ言えることは人の命は尊いものであるということ。国のトップに立つ者ならば、国の勝利より人命を優先すべきでしょう。

 と、様々な思いが錯綜する中、今作は特にその緊迫した事件を丁寧に描いています。後がなくなれば上司だって殺す。そんな中で核心をつくような言葉が放たれて考えさせられました。
「軍隊は命令によって動くものだ。」
なるほど、このテーゼにより歴史上一体何人もの人間が亡くなってきたのでしょうか。人間の歴史は殺戮の歴史でもあります。殺して食すならばともかく、私利私欲で殺しを行うのは人間くらいでしょう。馬鹿馬鹿しい言葉だ。と思っても核心をつきすぎていた言葉なのでかなり印象に残りましたね。

 昭和天皇の顔を絶妙に映さないのも、まだ象徴ではなく現人神として認識してるからなのかなと思ったりしましたし、だからこそ昭和天皇の肉声がはいった玉音盤があたかも神器にも見えてしまいましたね。テレビもまだなかった時代、昭和天皇の顔を一般国民が拝むことはほぼ出来ません。神格化された天皇の最後の放送は、確かに見方を変えれば神の声に聞こえたのかもしれません。

 自分の思いと天皇の思いが違うため葛藤していた阿南陸軍大臣を演じた三船敏郎、波乱の終戦期の首相を務めた鈴木貫太郎を演じた笠智衆など、かなりの豪華俳優の中で作り上げられた名作。偏見かもしれませんが、こういう人の表情を十分に映し出し、葛藤した人間ドラマを描くには白黒が一番だなと感じました。リメイク版は未見ですが、恐らく今作を超えることは無理でしょう。久々に重厚で勉強になる映画を見た気がしました。
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