ケーティー

日本のいちばん長い日のケーティーのレビュー・感想・評価

日本のいちばん長い日(1967年製作の映画)
4.7
汗、汗、汗……
日本が一番緊張した夏の空気感を見事に表現し、構成や筋も見事な名作


とにかく、この映画は汗の使い方のうまさだろう。生理現象で出る汗、そこにはどんなに取り繕っても隠せない心情がある。この汗の使い方で、全体の空気感やある種の緊迫感、切実さを表現し、それぞれの人物の微妙な心情も表す。秀抜なアイディアである。

また、そもそも映画全体の構成も鮮やかで、シーンの濃淡のつけ方やテンポ感、構成のうまさにしびれる。
題材はシリアスだが、その中でコメディ的に見せるところやアクションとしての面白さで見せるところをさりげなく入れ込んでいるのもうまい。
シーン内の演出でも、うまさが冴え渡っており、例えば、ニュース前のラジオ放送の音の選び方など、さりげない日常の放送のひとこまでも、その場を盛り上げることに使えるのだと勉強になった。

先に汗の使い方のうまさに触れたが、本作はアップが多いことも大きな特徴である。ドラマ「半沢直樹」など最近の日曜劇場のテイストは本作を参考にしたのではないかと感じた。
しかし、今と違うのは新劇の俳優なども多く、セリフが粒だっており、それがアップの多い本作を成立させているのである。思えば、「半沢直樹」でも、劇団四季で浅利慶太さんの指導のもと、シェイクスピア劇などを新劇の手法で演じていた石丸さんなどを起用したことが功を奏したことは偶然ではなく、必然だったのかもしれない。ただし、こうした俳優は昔の方が層が圧倒的に厚く、何人もそういううまい人がいるのである。それが、本作でも如実に表れている。

また、岡本喜八監督と言えば、戦争批判がその作風にあるが、私は切腹の描写にその監督の思いを感じた。本作の切腹シーンは、リアリティがあり、くだけた言い方をすれば、必ずしもかっこよくない。それは、切腹という行為のある種のなさけなさみたいなものを感じさせるし、実際の切腹はこんなもんだったんだろうと思わせる。その切腹の描写に、潔く軍人が死ぬことに対する美化への抵抗を感じたのである。

出演者は豪華で実力派揃いなので、もはや、そのよさを書くまでもない。それぞれの俳優の個性もよく活かされているし、オールスター映画ながら作品としても傑作という難行を見事にやり遂げている。そんな中、1つ記すとすれば、近年はバラエティーで観ることが多い黒沢年雄さんが、国のためを思って走り回る青年将校を見事に演じていることだろう。この役は本来は実に難しい役どころで、戦後の考え方からすれば論理的には間違った行動をする。しかし、服の汗や自転車の描写、様々な人物との絡みなどを通して、その殊勝さ・切実さが伝わり、行動は間違っているけれど一生懸命に国のことを想っての行動だったのだと観客をある種同情させるのである。それは、作品に対して俯瞰していた観客の目線を下ろさせることで、当時の空気感に入り込ませる役割もある。もちろん、脚本や構成、演出のうまさもあるのだが、黒沢年雄さんの魅力、演技の素晴らしさがこの役割(役の魅力で観客を同情させる)を見事に果たしていて、映画をより1つ上に高めているといっても過言でない。黒沢年雄さんといえば、少し前だが、ドラマ「クロサギ」の犯人役でも、その迫力がすごかった。私は名優の一人だと思うが、年をとってからは、(何か事情があるのかもしれないが)あまり映画やドラマに出ていないことが、惜しまれる。