珍念

HEROの珍念のレビュー・感想・評価

HERO(2002年製作の映画)
4.0
中国人の精神ベースには神仙思想と道教がある。山奥にくらす不老不死の秘法を会得した仙人、山中にある桃源郷、彼らの操る不思議な秘術の数々。この思想は実は、中国人だけの固有なものではなく、外来思想として日本に入ってきている。直接的な輸入もあったが、むしろインドから中国を経て仏教が道教的に変異したことによる影響のほうが大きいだろう。例えば、大乗仏教の祖師ナーガルジュナは、中国日本で「龍樹菩薩」と呼ばれる。ナーガとは、本来インド民間信仰における蛇神を示す言葉だが、中国経由する際に龍へと変異したのである。

そしてカンフー映画だ。本作HEROは、まさに神仙思想的な美学にみちあふれている。音もなくふわりと宙に舞い上がり息もつかせぬ剣技を繰り出すシーン、老いた盲が雨中で古琴を奏でるシーン、砂上に書を刻んでは消していくシーン、点々と波紋を残しながら飛翔するシーン。一部とはいえ、我々日本人も神仙思想を共有しているので、これらのシーンが何とも美しく心を震わせるように感じるはずだ。ワイヤーアクションは映画に神仙を顕現させる最高のツールなのである。

過剰であるとかありえないとか、そういったひねくれた感情がでてくることも理解できる。それは近代日本に埋め込まれた新たな外来思想である「合理主義」の影響だ。合理主義思想は、排他的で包容力を持たない思想であるため、非常に厄介だ。神秘が持つ繊細なベールを暴力的に破り捨て、それが真実だのと一方的に言い捨てる。

真実とはなにか。美しいものを美しいと言えばそれでいいのだ。
珍念

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