うえびん

フォレスト・ガンプ/一期一会のうえびんのレビュー・感想・評価

3.8
走る、走る
語る、語る
アメリカ

1994年 アメリカ作品

公開当時以来の鑑賞。自分自身が若く無知だったこと、その目にはアメリカ社会がとても華やかに映っていたことが思い出された。それから約30年、時代と世界の変化に隔世の念が湧く。

主人公のフォレスト・ガンプ(トム・ハンクス)は、ずっと走っている。イノセントマンのガンプは、アメリカンフットボールでも、ベトナムの戦場でも、アメリカ大陸を横断し時代のヒーローに祭り上げられても、ただ自分のペースで、走りたいから“走る”。無心に走る。無欲に生きる。

1950年代から1990年代初めにかけてのアメリカ社会。年をとっても変わらない純真無垢なガンプのキャラクターと対照的に激動するアメリカ社会。それはどんな変化で、どんな時代だったのだろうか。

『国家の盛衰』(渡部昇一・本村凌ニ/2014)

▶アメリカ人の精神性から見た隆盛の理由

渡部)建国以来、アメリカは一部の時代を除き、いつもパワフルで、理想に向かって邁進してきた印象を私は持っています。その活力はいったいどこから来るのか。

それは、アメリカが建国から現在に至るまで、さまざまなアイデアと、その躊躇なき実践にあったのではないでしょうか。(中略)どんな職業でも、また、たとえ貧しくとも、「アメリカン・ドリーム」を持ち、成功や豊かさを求めます。そして、誰かが成功しても、羨んではいけない、というおおらかな精神も併せ持っています。この飽くなき向上心とおおらかさが、アメリカを隆盛に導いたひとつの要因だと思います。

本村)(中略)保守的な中世までの国家にとって、新しい思想や宗教は、国家の根幹を揺るがすもの、ととらえられたのです。しかし、プロテスタントにより建国されたアメリカ国民は、当然ながら保守的な体制や思想を受け入れません。それより、新しい秩序や体制を希求していたのです。その結果、君主や領主ではなく国民の代表による議会主導の「民主主義」、一定のルールに従えば権力の容喙を受けない「自由主義」、勤勉に働き、富を蓄積することは善であるとする「資本主義」が根づき、アメリカの活力を高めたのではないかと思います。(中略)

本村)アメリカのもうひとつの強みとして、政治システムが挙げられます。アメリカの政治システムの大きな特徴は、抽象的に言えば、近代からしか始まっていないということです。アメリカは、前近代の歴史を持たずに出発した230年ほどの国家ですが、そのなかでどのような形で民主主義が根づいていったのか――これはアメリカ史のなかでも大きなテーマのひとつです。(中略)

19世紀のフランスの政治家・思想家トクヴィルは、古典的名著とされる『アメリカの民主政治』のなかで、アメリカの政治システムについて、次のように述べています。

「世論による専制政治、多数派による暴政、知的自由の欠如などといった形で悪化する可能性がある。そして、その行き着く先は、経済の破綻と腐敗した世論の形成により、混乱の時代が待ち受けている」。(中略)

覇権国家は興隆、繁栄、衰退という流れを取り、歴史はそれを連綿と繰り返してきました。(中略)私は、アメリカの衰退はすでに始まっていると見ています。(中略)

渡部)アメリカは衰退し始めた、というご意見には異論はありません。私は、アメリカが衰退し始めた直接的な因子はベトナム戦争であると指摘したいと思います。

この戦争は、アメリカ人に大きな影響を与えました。アメリカ人にとって、負けなかったというより、“東南アジアの小国”に勝てなかったことが大きいのです。(中略)この事実は、アメリカ建国以来の理念や価値観を根底から覆すものでした。このため、ベトナム戦争の末期になり、戦況の先行きが見えなくなった頃から、市民の生活の秩序が乱れ、治安も悪くなります。各地で、ヒッピー、フラワーチルドレンなどと言われた学生たちが騒ぎ始め、「エスタブリッシュメント(既得権階層)に従うな」というスローガンが流行りだしました。(中略)

木村先生も私も、1960年代までのアメリカの“古き良き時代”を知っていますから単純に言えば、どう考えても今は衰退期に入ったと言わざるを得ません。衰退の始まりをどの時代に置くかということは難しいのですが、象徴的にはケネディ大統領暗殺(1963年)に置くこともあるでしょうし、ニクソン大統領による金本位制からの離脱に置くこともあるのでしょう。(中略)

本村)前近代を持たないということに加え、その広い領土を活用するために、アメリカ人は非常に合理的かつプラグマティック(実用的)に考え、行動するという特性があります。しかし、そのアメリカ人ですら、精神的な拠りどころ、言い換えれば国家のアイデンティティを求めます。それが星条旗(国旗であり、国歌でもある)と宗教であるプロテスタントです。アメリカの学校の教室には、必ず星条旗が置いてありますし、大統領は就任式で必ず聖書に手を置いて宣誓します。(中略)

現在、アメリカの人口構成でもっとも伸びているのがヒスパニック系で、2010年国勢調査によると、アメリカ人口の16.3%を占めており、5000万人を超え、アフリカ系を抜いています。また、アジア系も増えており、最近のアメリカでは英語を話せない人が増えています。

このような状況のなかで、これからの国家のアイデンティティをどこに置くのか、それが移民国家アメリカにとって、国家の根幹に関わる非常に大きな問題になると思うのです。アメリカの中心をなすのは「アングロ・アメリカ」勢力と言える人々であり、彼らが自由資本主義経済を率いて300年にわたって勝利者であり続けました。しかし、そこにも大きな揺らぎが起こっているようです。(中略)

渡部)前近代を持たないアメリカは、王政や帝政という“しがらみ”に縛られないぶん、自由な発想や新しい制度に対して、違和感や嫌悪感を持っていません。そして、未踏の土地を開拓していく「フロンティア精神」を培ったのです。(中略)

木村先生はアメリカのアイデンティティが希薄になっていると話されましたが、私も同感です。それは“強いアメリカ”を希求する人が少なくなっているとも理解できます。そうであれば、アメリカが将来的に世界の覇権を唱えることは難しいでしょう。


建国以来、「フロンティア精神」でガンプのように走り続けたアメリカ。それが、ベトナム戦争により、ダン小隊長のように、ジェニーのように、多くのアメリカ人が精神的な拠りどころを失ってしまった。それでも、走り続けるガンプは、“強いアメリカ”に代わるアメリカの新しいアイデンティティの象徴だろうか。

2023年現在、アメリカを含む世界は、トクヴィルの「経済の破綻と腐敗した世論の形成により、混乱の時代が待ち受けている」との予言のとおり混迷を極めている。

本作の年齢設定だと、現在、70歳くらいになっているガンプ。彼は今、どこで、どのように走っているんだろうか。また、自らの人生とアメリカ社会をどのように語っているんだろうか。フルーツ会社の腕時計をつけて。
うえびん

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