近本光司

ゴジラの近本光司のレビュー・感想・評価

ゴジラ(1954年製作の映画)
4.0
ゴジラの吐く熱戦で火の海になった東京の路傍で死を覚悟した母は、胸もとの幼き子供たちに「もうすぐお父ちゃまのところにいくのよ」と語りかける。彼女の語るところの父は、おそらくはさきの大戦で歿したという設定。1954年の公開当時の観客たちには、10年ばかり前の東京大空襲や31年前の関東大震災の記憶を宿している者たちも数多くいたにちがいない。彼らはゴジラが東京をふたたび焦土に変えてしまう一連の円谷による特撮のシークエンスをどのような面持ちで受けとめたのか。「イヤね、原爆マグロに放射能雨、そのうえ今度はゴジラと来たわ、せっかく長崎の原爆から命拾いした大切なからだなのに」という市井の女性の科白や、山根博士(志村喬)の「もし水爆実験が続けて行われるとしたら、世界のどこかにまたゴジラが現れてくるだろう」という呟きに白々しさがないのは、彼ら自身がいまとはまったく異なる「戦後」を鮮烈に生きていたからだろう。たとえば『オッペンハイマー』で描かれた懊悩は、本作でオキシジェン・デストロイヤーを発明してしまった科学者のそれに伍すだけの強度はあっただろうか。