ロックウェルアイズ

ゴジラのロックウェルアイズのレビュー・感想・評価

ゴジラ(1954年製作の映画)
4.4
沖合の全く同じ地点で貨物船や漁船が次々と沈没、行方不明になる事件が起こる。
船の乗組員の1人が大戸島に漂着するが、その島には古くから海の怪物の言い伝えがあった。
そんなある夜、暴風とともに何か巨大な生物が島民や民家を襲う。それは、水爆実験によって長い眠りから目覚めたジュラ紀の怪獣、ゴジラであった。

何気に初ゴジラ。
『ゴジラ−1.0』観ておくべきかと思った時に、やっぱり一作目から復習したいと思ったので鑑賞。
本来は公開順(時系列順)に1作品ずつ観ていけばより楽しめるんだろうけど、そんな時間は割けないので、とりあえずこれと『シン・ゴジラ』くらいは観ておこうかなと思う(大作系観ようと思って観逃しがちなので『ゴジラ−1.0』まで観れるかは分からないが)。

想像以上に戦争を引きずっていた。
だってこれ戦後10年も経ってないんだもんね。
終戦から10年でこんな大作が作れるほど復興した日本人の力強さを感じるとともに、街やインフラ、生活や娯楽など表面上は復興していても、心は何年経とうが復興できないのだと感じた。
戦争経験者たちの描き出す恐怖、悲しみは何よりも生々しく、1作目ということもあり普通の怪獣映画とは格が違う。

公開同年には第五福竜丸事件が起きており、冒頭の漁船が沖合でゴジラの被害に遭うという展開とリンクする。
よく考えると本作は反戦・反核映画であり、もっと焦点を絞って言えば反水爆実験映画である。
つまりアメリカやソ連の当時の行動を思い切り非難しているのだ。
もう一度言うけど、この映画の公開は戦後10年も経ってない。
敗戦国が10年で復興して反戦映画を作り、まだ戦争を続ける戦勝国に向かって中指立ててるってこと。
そしてさらに、それが「ゴッジィーラー!!」なんて言ってアメリカをはじめ世界中で人気を博してしまう。
これって本当にとんでもないことだ。
当時の日本人本当にすごい!
それなのに今ではアメリカの顔色を伺いながら、核兵器禁止条約の会議に毎年不参加とか……
唯一の被爆国なんですけど⁈
今回の『ゴジラ−1.0』であったり、『オッペンハイマー』であったり、こういった映画がしっかりアメリカでもヒットし、話題になっていることは非常に意義のあることだと思う、というかそう思いたい。
今や東宝の回し者みたいになってしまったゴジラだが、今こそ再評価されるべきだなと感じた。

当時の特撮の技術の高さにも衝撃を受けた。
特に水の表現。
夜の海の波、岩肌で砕ける波飛沫、ゴジラの尾の水飛沫、オキシジェン・デストロイヤー使用時の水面などなど。
モノクロなのも効果的なのだろうが、ゴジラも全く作り物に見えない。
ちゃんと生きている。そして怖い。
ゴジラちゃんの東京大破壊観光ツアー、、、どころじゃない。
燃え盛る街をバックに黒いゴツゴツとしたシルエットが人々の前に立ちはだかり、東京中に怒りのようで悲しみのような咆哮が響き渡る。
パトカーが攻撃されるシーンで建物の中に逃げ惑う人の影があったり、テレビ塔のシーンで最期まで実況しながらバラバラと落ちていく記者たちだったり、細部まで作り込まれていてトラウマ級の恐ろしさがある。
しかし1番の恐ろしさは、やはりこの作品が70年も前に作られたという点であろうか。
東京への上陸は割とすんなりとだったのが意外。ヌッといきなり現れる姿はもはやホラーである。

芹沢博士の研究者魂に全米が泣いた。
兵器に使用されることについての科学者の苦悩といえば、それこそオッペンハイマーやノーベルなんかがパッと思いつくけれど、芹沢博士のようにあそこまで科学者としての覚悟を持てるひとはそうそういないと思う。
ある意味、特攻隊的な武士道精神のようなものも感じる。
放射線危ないから触るなって言われてるのに、三葉虫に夢中なあまり素手で行っちゃう山根博士も好きよ。

正直、オキシジェン・デストロイヤー使用の問題性は国際問題や経済問題よりも、生態系に対する環境問題の方が後々のことも考えると重大ではと思ったが、今回は核の脅威が主題だから良いのか?
その後の日本で後先を考えずに人類の文明発展のみを考えた結果、公害問題や外来種問題などの環境問題が深刻化したのはなんたる皮肉か。
怪獣殺傷派と怪獣追放派と分かれるのも怪獣映画あるあるで良い。
こういった人間の哀れさが見えるのが怪獣映画1番の醍醐味かもしれない。