近本光司

キートンのカメラマンの近本光司のレビュー・感想・評価

キートンのカメラマン(1928年製作の映画)
5.0
小さな躯体のバスター・キートンがニューヨークの雑踏のなかを駆け抜けていく。デートの約束がある待望の日曜日がやってきて、電話口で彼女の声を聞いたらいても経ってもいられなくなり、受話器を放り投げ、ストリートを走る車の間を身を翻しては、すさまじい速さで彼女の目の前に現れる。その一連のシークエンスのうつくしさに笑いながら号泣。ラブコメという映画の一大ジャンルの金字塔。悪しき男性性を体現する男たちからの受難に遭いながらもへこたれずに自らの愛と正義を貫くキートンの姿はいまも多くの者の胸を打つだろう。事実、日曜日のPhilharmonie de Paris には数多くの老若男女が詰めかけ、親に連れられて来ていた年端のいかない子どもたちは映画じゅうずっと笑い転げていた。六十七分の幸福の経験そのもの。Vincent Delerm による生演奏付き上映。キートンふうのスーツを着て現れた彼のピアノも良かった。ここまで映画を愛した日はいまだかつてあったろうか、などと青くさいことを考えながら帰った。