カラン

怒りのキューバのカランのレビュー・感想・評価

怒りのキューバ(1964年製作の映画)
5.0
作品の外的な部分がややこしい。とにかく私が試聴したのは、140分のマルチリージョンのDVDで、PALである。1964年に制作されて以来、無視され続けていた本作だが、ソ連の崩壊でやっと陽の目を浴びる。1992年頃から映画祭にかかりはじめ、1995年にニューヨークのマイルストーンフィルムというリストアを専門とするアメリカの会社がリマスターを行った。その後、2005年に再度リマスターが行われた。そのバージョンを今回は視聴したと思われる。なお、マイルストーンが近年4Kリマスターを敢行したダウンロードデータ、DVD、Blu-rayがあるようだが、個人の視聴目的ではないようである。たぶん手に入れようとすると通常の数倍の定価になるのではないか。営利目的ではないという名目でリマスターの補助金みたいのをもらっているのでしょうな。まあこの手のものはそのうちひょっこりね。(^^) そもそもMr Bongo(イギリスの独立系レーベル)が販売しているPALでマルチリージョンの私が観たDVDも、1964年の映画であることを考慮すれば普通に満足できる製品である。

それでなんでこんなややこしい話になったかというと、キューバ革命で親米政権がカストロやチェゲバラたちに倒されると、感情むき出しで怒り狂ったアメリカとはやっていけないということで、カストロたちはソ連と結びついた。それでたくさん映画も作られることにもなったキューバ危機がJFKの御英断で収まったのが1962年末(キューブリックの『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(1964)、及び、ケヴィン・コスナーの『13デイズ』(2000)を観よ。(^^))であるのに、1964にキューバとモスフィルムで映画を作ったわけで、アメリカはマッカーシズムの弱体化で赤狩り(ジム・キャリーの『マジェスティック』(2001)、及び、リドリー・スコットの『ブレードランナー』を観よ。(^^))は沈静化していても、それは黙殺するさな。

アメリカだけじゃない。どうもキューバもソ連もカラトーゾフの撮った『怒りのキューバ』に満足がいかなかったようだ。アメリカを他国の女を売春婦にして金で服を脱がせ、男たちを農奴として搾取し、若者から本と思想を奪う最悪の国家として描くのはいいのだろう。キューバ政府がキューバ人に爆撃したりするのも親米政権への批判であろう。しかし、十字架で虐殺されて復活するキリストのように、学生の葬送を描いて、闇の山中で親米政権の犬がカストロを探して、俺がカストロだと何人ものカストロを出現させてしまうのは、あまりにもキューバ革命の狂気を率直に描きすぎだ。プロパガンダを望んだキューバにもソ連にも、残酷な真実を描き過ぎたのだろう。だから公開当時は黙殺されたし、だから縁もゆかりもない私が半世紀の時を越えて日本で観るのだが。芸術受容のパラドクスだね。

そういうわけで、この卓越した映画はソ連共産党の援助という歴史の中で完成されたがゆえに、歴史から消えることになってしまったのであった。


さてこの映画は、いきなり草葉の色が変である。冒頭、モノクロの空撮で至高の楽園を描くのだが、赤外線フィルムを使っており、植物が白く脱色している。さらに広角レンズで垂直を外して撮影した人物たちは異様な存在感を発揮する。

オムニバス形式で、5つのパートからなり、それぞれでナレーションがいくらか入る。原題”Soy Cuba”は「私はキューバ」というこのナレーションに由来している。女声であるがどこか超然としている声で、「私はキューバ。コロンブスさんが私のところにやってきた。私のところから砂糖を持ち去って、後には涙が残された。砂糖には私の涙が入っているけれど、それでも甘い。。。」と言った散文を各チャプターで読む。

①「人が見た最も美しい土地」
②マリアの物語
③ペドロの物語
④エンリケの物語
⑤マリアーノの物語

①は赤外線無人空撮から、キューバを擬人化して、キューバの身体を鑑賞者に這い回らせるようにローポジションで着地!空撮は、アメリカの偵察機の盗撮する視線であると思われる。当時のアメリカ人には吐き気のする美しさだったろう。

②は「甘い生活in Havana」という感じで、チャプター全体でフェリーニの非常に強い影響を見て取れる展開。ビルの屋上の乱痴気騒ぎからカメラがビルを降下していき、ワンカットでプールに繋がる。しかもプールに潜る。カットされて、富裕層のアメリカ人が女を買うバー。キューバ人の歌手は背中に白い面を背負って、歌う。モチーフも、繋ぎも、歌も、もちろんショットも、全てがとんでもなくかっこいいチャプター。やばいよねー。

③サトウキビの小作農が、土地の所有者に農地を奪われる。所有者は畑をUnited Fruit Company(米国企業)に売るのだと、馬上で告げる。カラトーゾフ的ディゾルブ地獄が死ぬほど美しい。農民は発狂して、畑は炎で包まれる。カメラマンかそのアシスタントたちは炎にまかれただろう。そうとしか考えられない撮影。

④学生たちが警察に取り締られて大学でデモをする。半ば広場のような巨大な踊り場をもつ大学の階段は、エイゼンシュタインの『戦艦ポチョムキン』のオデッサの階段であろう。放水、発砲、舞い上がるプロパガンダと灰。葬送。そして闇の山中のゴースト。ポール・エリュアールが書いて、対独レジスタンスがパリの空から巻いた「自由」を思い出す。

学校のノートに 机に 木々に 砂に 
雪に ぼくは書く 
読み終えたページに 
真っ白な紙に  
石に、血に、紙に、
あるいは灰に ぼくは書く 

(略)

ぼくは生まれてきた 
きみを知るため 
きみの名前を呼ぶため 自由と

⑤山の上で貧しい暮らしをしている農民家族の家に、カストロ支持の革命軍の男がやって来る。幸せになるために戦おうと男は言うが農民は平和に生きたいからと断わって追い出す。しばらくすると政府軍が爆撃を開始して農民の家が燃えて、息子が爆殺される。この時、家が爆破される前に、バラック小屋の中で妻がおろおろして空を見上げるのだが、なんと、カメラは妻の5倍くらいおろおろする。まず、プロペラの爆音に奥さんが左奥から空を見ようとすると、カメラは右奥に行き、わちゃわちゃして、勢いよく右奥に戻って来るが、妻が奥にいて進めないから、立ち止まってそこから空を見上げようとする。なんだこのカメラは?(本当はたぶん素人の奥さんが演出について来れてないだけ?でも、カメラと演者がバラけてるのに、それで良しとしてしまうという。しかも何故かかっこいいという。(^^))




自宅隔離の戦争②
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