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ある脅迫のnoteのネタバレレビュー・内容・結末

ある脅迫(1960年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

北陸銀行直江津支店次長・滝田は、本店に栄転することになった。そんな矢先、滝田の前にヤクザの熊木が現れる。熊木は滝田が過去に行った融資での印鑑偽造の証拠を持っており、口止め料として300万円を要求してきた…。

直木賞受賞作家・多岐川恭の同名短編を映画化した作品で、尺はたったのは65分。
だが侮るなかれ、濃密な内容のスリラーの秀作である。

栄転する滝田はやり手で人望も厚く、妻が頭取の娘。
人も羨む出世街道まっしぐらの男だ。
冒頭からそんな滝田とは正反対な男が対比される。
滝田と同級生の庶務係の万年平社員・中池である。
栄転の祝いの席で上座に座るふくよかな主賓の滝田と、座敷にも上がらず裏で酒のお燗番をする痩せ細った中池との立場は雲泥の差。
一目見て分かる演出が見事である。

ゆくゆくは頭取になることが約束されている滝田。
しかし、その実は汚いやり口の男であることが、中池と宴席の中居である妹との会話で次第に明かされる。

滝田の妻はもとはと言えば中池の恋人だったが、それを滝田が奪い取り出世。
妹も滝田に弄ばれて捨てられる。
全てにおいて滝田の後塵を拝し、銀行の同僚からも嘲笑される負け組の男が中池である。

滝田の不正をネタに、チンピラが脅しに来たことで事態は一変。
2日以内に300万円をよこせ、さもなくば横領を新聞社に暴露するという。
金の工面ができずに困り果てる滝田だが、2日後の宿直が中池だと知り、彼を利用して勤め先の銀行から金を奪うことを決意。

仕事終わりに中池に酒を飲ませて泥酔させ、銀行に侵入。
守衛をロープで縛って強盗を決行しようとした矢先、飲み屋に置き去りにしたはずの中池が銀行に戻ってきたため、拳銃を突き付けて金庫を開けさせる。

用意したサングラスのレンズが割れてしまい、口元は隠したが目は見えている状態の犯行。
当然、中池に正体を見破られそうになる。

「目は口ほどに物を言う」とのことわざの通り、脅すことも出来ず焦る滝田と冷静に疑いの眼差しを向ける中池の目のアップが繰り返される心理描写が秀逸。
会話なしで金庫を開けるシーンは立場の逆転が目だけで語られる。

正体がバレて、やむなく防犯訓練だとごまかす滝田。
手ぶらで待ち合わせ場所に赴いた金子は草薙と口論になり、草薙は誤って崖から転落死する。

証拠を焼き捨てて安堵する金子だったが、翌日、中池から応接室に呼び出された金子は、実は脅迫の黒幕が中池だったという意外な事実を知る。
中池は草薙の死も目撃しており、「お前を殺人罪で告発できる」という言葉に震え上がる滝田だったが、中池は見返りを要求しないまま滝田を解放。

計画的な脅迫が成功し、憎たらしい上司・滝田を精神的に叩きのめした中池。
立場逆転のどんでん返しだ。
「同級生だから許してやろう」と人情劇で終わるかと思いきや、ラストまで話は二転三転する。

転勤の日、列車内で滝田は突然、車掌に3等車に呼び出され、そこに中池の姿を見て驚く。
銀行を辞めてきたという中池は、「今後、俺はお前の行く所について行く…手綱は俺が取るけどな」と言い、ニヤリと笑う。
中池は骨の髄までしゃぶるつもりだったのだ。

だが、そこにコート姿の男が現れ、2人に黒い手帳を見せ「滝田さんですね、警察の者です」と囁いて、映画は終わる。
警察が滝田の何を嗅ぎつけたのか?明かされないのは不満だが、叩けば埃の出る滝田である。
恐らく、死んだ草薙の遺留品に指紋が残っていたのだろうと想像できる。
唐突ではあるが、滝田の出世も中池の思惑も同時に叩き潰す「悪いことはできないのだ」という勧善懲悪のエンディングだ。

モノクロの古い映画だが、全く無駄が無くテンポ良くラストまで一気に見せる。
序盤で登場人物たちの手際良い説明と、ヒネリが効いた脚本。
俯瞰とアップの多様で工夫を凝らした心理描写も見事。
普段はバイプレイヤーとして脇を固める芸達者の金子信雄と西村晃が表情で魅せる巧みな演技合戦も見どころだ。

「南極物語」や「青春の門」など長編のイメージが強い蔵原惟繕監督がこんなに短くて面白い作品を撮っていたとは意外。
昔、同時上映の併映作がお目当ての作品より面白かった経験を思い出す。
思わぬ拾い物という形容がピッタリの作品である。
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