不在

バルタザールどこへ行くの不在のレビュー・感想・評価

バルタザールどこへ行く(1964年製作の映画)
4.6
バルタザールとは、新約聖書に出てくる東方の三博士の内の一人。
生まれたばかりのキリストの元を訪ね、贈り物をした人物だ。
ブレッソンは本作の着想を、ドストエフスキーの小説『白痴』から得ている。
ドストエフスキーはこの本で、まさに白痴で世間知らずだが、崇高な魂と完全な人類愛を持つ主人公と、キリストの姿を重ねている。
本作は非常にキリスト教的で、このロバはキリストないしは、最も聖なる存在として描かれているのだ。

邦題に関しては、フランスの画家ポール・ゴーギャンの代表作『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』を想起させる。
そのタイトルの通り、人間の存在そのものに疑問を投げかけるような絵だ。

更にブレッソンは、ニーチェと馬のエピソードからもヒントを得ているように思える。
晩年のニーチェは、一匹の馬が人間達に痛めつけられている現場を目の当たりにして発狂したとされているが、我々はこの映画を通して、同じ感情を抱く事になるのだ。

本作におけるロバは前時代的な物として描かれる。
ニーチェがこれからの社会において宗教は最早古い価値観であると説いた点や、ゴーギャンがパリを捨て未開の地に移り住んだ事から、この映画における古い物や後進的な物は、神聖や善の象徴とされている事が分かる。
ブレッソンによる現代文明批判だ。

作中では人間達によって、この聖なるロバは徹底的に虐げられている。
そして羊達に囲まれながら最期の時を迎えるのだ。
しかしここでのバルタザールは、キリストの犠牲を表す羊のイメージと重ねられている。
彼は自らを犠牲として腐敗しきった世の中を救う、まさに救世主だったのだ。
そして最後にバルタザールはカメラに向かって問いかける。
「人間達よ、どこへ行く」と。
不在

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