Jeffrey

ステキな彼女のJeffreyのレビュー・感想・評価

ステキな彼女(1980年製作の映画)
4.0
「ステキな彼女」

冒頭、原風景な田舎町。社長令嬢の娘と計測技師の男、動物園での同級会、蛇騒動、恋の木、別れ、彼女探し、4人の日常、悩み、結婚発表、恋の行方、養子の息子、叔母、縁談。今、可愛らしい二人の運命が描かれる…本作は侯孝賢が一九八〇年に監督した長編デビュー作で、この度廃盤のDVDボックスを購入して初見したが素晴らしい。脚本も彼が担当し、全編にわたって、主演した当時の台湾で人気のアイドル歌手フォン・フェイフェイとケニー・ビーの曲が流れる青春ラヴコメである。

この作品は明るくて楽しいラブコメなのだが、この頃から候孝賢作品らしさが目立っち際立っていて最高である。後に世界的な巨匠になる雰囲気が随所に映像から読み取れる。この時彼は33歳で、人気歌手を主演にし、歌謡映画とも言える恋愛喜劇をデビューに持ってきたのも頷ける侯孝賢がしたい事を全てしたって感じの一本である。ホントかウソか知らないが、侯孝賢は常に鼻歌を口ずさんでいるとの事で、本作も歌をちりばめて些細な事に懸命になる人々への温かい眼差しが見て取れた優しい映画である。

さて、物語は都会暮らしのとある大会社の社長の娘が、金持ちの息子との縁談に気乗りせず、田舎に暮らす叔母のところに出かける。そこで出会ったドジっ子の測量技師の青年と親しくなり気の良い楽しい時間を過ごす。しかし、再び都会に戻り、当初の結婚話が進んでゆく。そこに田舎で知り合った青年が現れ大騒動になる…。

本作は冒頭に、台湾の歌謡曲( 齐秦の又见溜溜的她)が流れ始め、都会の街並みと道路を走る車を捉えたファースト・ショットで始まる。そして一人の男性が牛乳を飲みながら街を彷徨っている描写と、黄色いスポーツカーを乗った女性が車から降りてくる。彼女は白い帽子、白いジャケットにスカートを履いている。すると歩道にいる男性(牛乳を飲んでいる男)が真っ赤な原付バイクに座りながらクラクションを鳴らして彼女に合図をするが、あっけなくその場を車で去ってしまう女性、男性はその後一言"かっこいい"と言う(その時、カメラは男性をクローズアップする)。そしてカットは変わり、彼女がスーツ姿の男性たちに対し仕事をしている風景が映る(会議室のようなところで)。彼女は大会社の社長令嬢のウェンチーである。

続いて、カメラは靴から足を出し足をマッサージするそのウェンチーと違う職場の男性(ターガン)の足を捉える。彼も靴を脱ぎ、楽に仕事をしていたところ、同僚に物差しでその靴を上司の部屋にスライドさせられてしまい、上司にその靴を取れと言われる。徐々に音楽が静かになり、とある職場の風景が画面に出現する。ここは測量技師が働く職場で、ダーガンは道路計量の為、村に仕事へ行く。続いて、ウェンチーがフランス語教師にフランス語を教わっている場面に変わり、彼女はその男性がイエス様に似ていると口走り、彼はイエスが眼鏡をかけているかと突っ込む。カットは変わり、動物園に子供を連れてるダーガンがラクダの物真似をしている。そこに動物のあだ名が付いているからと言うことで、動物園を同級会に選んだウェンチーら数人の女性が歩きながら楽しそうに会話をしている。

続いて、彼女の大豪邸と変わり、社長の父親が縁談を持ちかけ、ウェンチーが写真を見ている描写へと変わる。父親は結婚にあまり関心がない娘に対して苛立ちを見せている。彼女は自分のベッドで写真を見ながら彼はかっこいいからいいけど家族が少し重いから嫌だなどと色々と決めている。そして翌朝、彼女は村へと気晴らしに出て行ってしまう。ラジカセに家族に対してのメッセージを残す。それを家族が聞いて大慌てする。カットが変わり、また台湾の音楽が流れ、田舎町を畑専用トラックの荷台に乗りやってきたウェンチー。真っ正面から男性が彼女めがけて走ってくるが、彼女も走りつつ彼に抱きつくと思いきや、彼の後ろを走っていた叔母に抱きつく。ところが彼はそのまま走りながら畑に身を潜め、何かを手にする。それは逃げ出した大型のアヒルを捕まえるためだったようだ。

続いて、彼女が学校の子供たちと戯れるショットが映る。子供たちは畑の中の泥遊びをしながら、焼き芋を食べたりする。そこで一人の少年が彼女に向かってあいつらは悪い奴らだ、僕らの家を切るつもりなんだと言う。彼女は切るってどういう意味?と聞くと、新しい道を作るために僕の家を真っ二つにするんだと言う。その悪党と言う彼らは測量技師たちのことである。その団体の中にはターガンの姿もある。子供たちは測量技師たちに泥を投げる。そしてウェンチーが声を発しその場をみんなで逃げる。カットは変わり、村の測量を測定している描写へと変わる。

そして測量している際に、その家の主人が戻ってきて、一斉にお前たち何をする、さっさと帰れと大激怒する。そこで対立が始まる。どうやら勘違いをしているようだが聞く耳を持ってくれないため、ターガンがもう一度測量に使う釘を地面に打つ。そうすると取っ組み合いが始まり、その家の主の息子(子供)がターガンの太もも付近を噛んでしまい、彼が痛がりながら怒る。その場ははちゃめちゃになるが、静かにカットはウェンチーと子供たちが森にやってきて、虫取りをしている描写へと変わる。途端にカットはすぐに変わりターガンが毒蛇に噛まれたようで救急車のようなものに連れていかれるシーンが始まる。

すると治療してもらうために先ほど対立した家の主の所へやってくるご一行。実は彼は病人を見れる村では少ない医者のようで、治してほしいと頼むが、お前を直したら俺の家をぶっ壊すだろう、そんなことをするやつを治療するわけがないと半ば虐めのように嫌がらせをする。互いの主張が食い違い、ますます喧嘩をする。その中立に立つのがウェンチーで、このくだらない争いに嫌気を刺したのか、その場から怒って出て行ってしまう。それを追いかける家の主(医者)は実は彼は毒蛇じゃなくてムカデに噛まれているので毒なども回らないし、少し脅かしているだけだと言う。それを聞いて一安心する彼女はまた戻ってくる。そしていざ治療を開始すると、ターガンは断末魔の叫びをあげる。

治療が痛かったのだろうか、それに対してクスクス笑う彼女。そしてトドメに下痢薬?もしくは泥水を薬と称して飲ませターガンはその後、猛烈な下痢に襲われトイレに駆け込む羽目になる。カットは変わり、台湾の音楽がまた流れて自転車に乗る彼女とバイクに乗る彼がすれ違う。バイクが転倒して、その場にいた人から自転車を貸してもらい、2人は山道を自転車で疾走し、浜辺を共に走るのである。カメラはそれをロングショットで捉えたり、クローズアップで捉える。そして大きな木の上に乗り読書をする彼女と、新聞を読む彼の描写に変わる。

彼はその木の木陰に座りハーモニカを弾くが、その上に彼女がいることを知らない。彼はそこで独り言で僕は村の女性に恋をしてしまったのだろうかと言う。彼女はそれを聞いて顔を赤くする。そして本の上に毛虫がいることを知らず、そこに手のひらをくっつけてしまった彼女が叫ぶ。その叫び声を聞いた彼が周りを見る。彼女の本が落下して彼の頭に直撃する。そして気づかれる。そこで二人は挨拶して彼女はその場を去る。彼は微笑んで彼女の後ろ姿を見る。続いて、ウェンチーが叔母の所へやってくる。ターガンは村の子ども(家がぶっ壊すされるのを心配している少年)にお使いを頼みたいと言う。少年は何かくれないと嫌だと言って彼はご褒美に小刀を渡すと言う。それで少年はお使いをしに行く。

一人になった彼は、木陰の下で彼女に対してアプローチをする言葉の練習をしている。そこへ先程の少年(へーワンの息子、ターガンと争った家の主兼医者)が連れてきたのはウェンチーでは無く、叔母である。期待はずれの人を連れて来たことによって狼狽する彼、一方その頃彼女は叔母の家にいる。彼女がふと窓を見ると彼と叔母の姿があり喜びの表情に変わる。そしてこの家で一緒に食事することになる。カットが変わり、二人は森の中で散歩しながら話す。ターガンは台北市で黄色いスポーツカーを乗っていたでしょうと言うが、彼女はそんなものには乗ってないわ人違いよと言う。彼は絶対そうだと思ったのだがとそのまま会話が続く。

続いて、二人が出会った大きな木は"恋の木"と言われている不思議な木で、その木に名前を掘ると恋人同士になれると彼女が言って、その近くにたむろしていた子供から小刀を貸してもらい互いの名前を彫るターガン、そして微笑む。そこから2人のデートがいろんな場面でうつされる(この時も歌謡曲が流れる)。だが、そんな楽しい日々もつかの間で、叔母が明日帰りなさいと彼女に言う。まだ会ったばかりの彼と気が合うのはいいことよ、でも楽しいむだけで充分、それ以上は求めないで立場が違うのだからと言う。翌日、彼女は叔母と一緒に帰ろうとする途中で、あの恋の木に彼女が立ち寄り、自分の名前を木に彫る(この時、今の彼女の心情に合った歌詞が音楽として流れる)。

続いて、自宅へ帰ってきた彼女は縁談がさらに加速しているこの状況に何とか溶け込もうとするが、何かしっくりこない様子だ。一方その頃、ターガンは村から消え去ってしまった彼女のことを想い、電話帳でひたすら電話をかけて彼女を息子と探している。そして台北市に戻り、黄色いスポーツカーを見かけるたんびに止めて中を確認するが人違いでショックを受ける。ターガンは父の使いで、息子と共にパーティー会場に現れる。そこでウェンチーに出会い、勝手に村をいなくなってしまうんだから、木の名前を見たよと二人は会話をする。そこで子供(養子の息子)がパパと呼んでしまい、彼女はびっくりするが彼は即座に誤解を解く。

テレビ局に囲まれた彼女に対して色々とインタビューがされる中、ターガンは僕は不満だと言い、マスコミ連中が彼に向かってあなたはお嬢様のボーイフレンドですかなどと問い詰めるが彼はその場を去っていく。自宅へ怒りながら帰宅し、息子が不意にテレビをつけ、先程のパーティーの様子が流れて、テレビにパパが出ているよと言う。どうやらニュースになってしまっているようだ。そして婚約者の男マー・チエンとターガンが意気投合してしまい、ウェンチーは置いてけぼりになる。それに不満を募らせた彼女は、ある日自分家に帰ってしまう。そして父親に彼はいい人ではないと言う。そして公衆電話から彼女の自宅に電話がかかってきて、電話二台を使ってチエンとターガンと会話をするが、彼女は呆れて、受話器を二つともくっつけて男性同士で会話をしているようにさせる。

続いて、動物園でウェンチーの同級生の女性たちと今の自分の心境を語る。そんなある日、田舎の村から叔母が台北市にやってくる。二人はレストランで食事をする。それで彼女は叔母に今の状況を話す。そして物語が佳境に入り、思わぬクライマックスと言う展開が待ち受けている…と簡単に説明するとこんな感じで、香港の人気歌手と台湾の人気歌手がダブル主演した恋愛映画で、軽やかな青春要素が入っており、非常に素晴らしかった。言わばアイドル映画といっても過言ではないと思うのだが、日本のアイドル映画とは訳が違うほどクオリティが高い(昭和のアイドルを使った日本映画もクオリティが高いが、今の邦画とは全然違う)。

やはり侯孝賢作品を見ている人なら、初期の作品から既に彼の確立している映像風景がてんこ盛りであることに気づくだろう。まず田舎が登場して緑豊かな大自然をフレームインさせる演出、里山のような風景の中でたむろする子供たち、泥遊び、様々な可愛らしいトラブルが起こる隣人、そして少なからず環境問題へと意識をフォーカスさせている点も素晴らしく思う。鉄道や列車が映らなかったのは残念であるが…後に多く出てくる。環境問題と言えば監督の長編3作品目の「川の流れに草は青々」(この度ボックスにて連続鑑賞して知った作品)でも環境問題に取り組んでいた。後の「童年往事(1985年)」で、シンボリックにそびえ立つ大きな大樹があるように、本作も恋の木と称した大きな木が象徴的に出てくる。余談だが、「童年往事 時の流れ」は私の一番好きな台湾映画だ。

この作品を見ればわかるのだが、大変面白いユーモラスさがある。そもそも当時アイドルだったケニー・ビーを下痢にさせてトイレに駆け込ませるようなショットを作るなんて驚きである。ほんの瞬間だが座頭市のものまねをするケニーが可愛らしく、時折見せるフェイフェイの笑顔も印象的で素敵だ。そういえば侯孝賢って座頭市のファンて言ってたような気がする。そして台湾の歴史を知れば、この作品がいかに台湾語で作られているかがわかる。そもそも戦後の国民党統治時代で色々と北京語が国語と言う授業に定められており、台湾語は使用制限されていたはず、その前は日本統治下であるため日本語が標準語として馴染んでいたと思われる。そういった中、この作品は随所に台湾語のルーツもしくは台湾語のセリフを台湾社会をより深く描くために使用されている。

そもそも今から三年前の二〇一七年にエドワード・ヤン監督の「台北ストーリー」と「クーリンチェ少年殺人事件」を渋谷の劇場で見て、あまりに感動し、その年の十一月にこれもまた何の巡り合わせか、知り合いに台湾語を話せる男友達(男友達といっても当時自分が26歳で彼は40歳前後の言葉悪いが僕からすればおじさんと一緒に弾丸の旅へ行った)。と台北市に遊びに行ったのだ。話を戻すが、よく漢民族系の映画を見る際に大体出てくる(今ではハリウッド映画を見ても出てくるのだが)中央電影公司と言う言葉を目にする人がいると思うのだが、六〇年代半ばに台湾語映画が終息してしまい、後に政府が北京語映画の観客をある程度育てたことによって、徐々に台湾語劇映画製作が北京語映画へとシフトしていってしまう時代(歴史)がある。

さて、この作品で面白かったシークエンスを挙げてみよう。レストランで社長令嬢とその縁談で知り合った金持ちの息子さんとのお食事のシーンで、ターガンが息子と一緒にやってきてフライドチキンやピザを頼む場面の巧妙なトリックがすごく面白い。チキンを食べようとすると息子がそのチキンを取ったり、一向に彼女が食べれないと言う…可愛らしい演出が施されている。それと砂浜の丘でタキシードを着て拳銃を持って彼女を中心に、銃撃を行う場面も可愛らしい。彼の作品のタイトルを原題で見比べた時に、"時光"って漢字がよく使われている。それを意味するものとは…。

とても処女作とは思えないほどの手際の良さがこの作品にはあり、ギャグの応酬やセリフの中にあるユーモアさ、テンポの良いカット割とそのリズムは彼の長回しショットとは対照的に映るところもある。それが独自の映画的手法の出発点と考えるとなかなか興味深い処女作である。これはぜひとも皆さんに見て欲しい素晴らしい台湾映画だ。
Jeffrey

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