幽斎

隣人は静かに笑うの幽斎のレビュー・感想・評価

隣人は静かに笑う(1999年製作の映画)
5.0
流石は日本ヘラルド様、相変わらず良いセンス。最近メッキリこの様な洒落た邦題が無いのは残念ですが、そのタイトルに恥じない不条理スリラーの最高傑作。巧みな伏線で描くミステリーでは無く、演出の雰囲気と音楽だけで、ザワザワとした違和感がやがて恐怖へと変わり往く様を、実に緻密にサスペンス化してる。驚愕のラストと言う耳にタコが出来た謳い文句が、これ程納得できる作品を私は知らない。

この作品が素晴らしいのは、導入部だ。Saul Bassの再来と呼ばれたKyle Cooperのアバンタイトルが秀逸。これから起こる、しかも実際に有りえそうな出来事を予感させるに十分な暗示が為されてる。この作品が描く本質は「見せかけの安全」。今まで安全安心だと思っていたものが、実はそうでは無いと知った時の人間心理のギャップを、この作品は実に老獪に描いてる。

登場人物の設定も振るってる。主人公Jeff Bridgesは大学でテロリズムの歴史を教えている教授。妻は元FBIで潜入捜査の時に殉職。中々見ない設定、いやそもそも変な設定ですが、これが物語が進むにつれて何重にも効いて来る。主人公は講義の中で、テロリストは単独犯で捕まる事が多いが、本当にそうなのかと生徒に疑問を投げかけている。つまりマスコミや警察のいう事を鵜呑みにしてはダメだと訴えている。しかし、この物語の真犯人はそれを巧みに利用し、専門家故に陥る盲点を巧みに突いている。この合わせ鏡の様な秀逸な着想が、驚愕のラストを導き出す根幹を成してる。

物語で語られるセントルイスのビル爆破事件は、実際に1995年に起きた連邦ビル爆破事件の事を指していると思われる(本作は1998年制作)。つまり私達日本人が漫然と恐怖に思う地震や津波と同じ様に、アメリカはこの様なテロが日常生活に潜んでる、と既に映画で語られてる、だから怖いのだ。この作品が一時的にレンタル禁止に為った理由は、2001年に起きた9.11の影響だと思います。この作品のリアリティの凄さからすれば、当然です。

このレビューを書いてる前日に、原宿の竹下通りで車が暴走し多くの犠牲者が出てしまいました。日本でも無差別殺傷事件は残念ながら後を絶ちませんが、これも言い換えれば立派なテロです。この作品を見て他と違う嫌悪感を抱くのは、そう言った現実社会と密接にリンクしているからです。
この作品は良く衝撃の結末映画ベスト10、と言う括りで語られる事が多いのですが、確かに其処も歴代のスリラー映画の中でも相当上位に入る訳ですが、公開から20年経った今でも本作は優れた社会性を持ち合わせたスリラーで有り、主人公が信じていたモノが、それに依って深みに嵌り犯人の思う壺に成る結末は、何とも皮肉としか言いようが有りません。

最後に犯人の妻が語るセリフが、この作品の全てを物語っています、超お薦めです。
幽斎

幽斎