高橋早苗

紅の豚の高橋早苗のレビュー・感想・評価

紅の豚(1992年製作の映画)
4.1
大破した愛機をミラノで甦らせ
アドリア海に戻ってきたポルコと
ピッコロ社の設計主任フィオ


アジトで待ち伏せ 地上でケリをつけようとする空賊共に
フィオは
「飛行艇乗りとは何ぞや」を語り
カーチスとポルコ
一騎討ちの決闘に持ち込む


彼女の仕事に対する情熱と
飛行艇乗りへの愛情
そして“アドリア海のエース”マルコ・パゴット大尉(ポルコの実名)への 尊敬の念溢れる告白で

…自分自身と
ポルコの飛行挺のローンを
掛け札にするのね


その告白は フィオ本人も 後から
「本当はとっても怖かったの」とガクガク震えるほど
実は恐いこと、だったりして
情熱、というより狂気に近い


一方、ポルコが
繰り返し口にする
「いい奴は死んだ奴らさ」


彼が戦争で死んでいった友を思い 口にするこの言葉
格好良さげではあるけれど
もれなく罪悪感付き


…いい年したおっさんが
「昔はよかった」と語るのは まぁ当然でも
彼は死んだ友を上に
自身を下に観てる

・・・この言葉を聞くにつけ
彼が豚の姿から戻らないのは
自身のネガティブ思考のマックス超え(?)した姿にも見えてくる



飛行艇のことなら
空飛ぶことになら
マジにも必死にも欲深にもなれるのにね^_^
(それが、狂気のテスト本番飛行よ^_^)


↑その、リスクも命も 何にも顧みない飛び込みっぷりたるや 狂気としか呼べません
薄っぺらい情熱なんかじゃ
太刀打ちできないはず

なのに。そんだけ熱くなれるのに。
「いい奴は死んだ奴らさ」
と仲間たちを持ち上げる様は

まるでランチの後に
「(会計は)私が」「いや、私が」と
譲って譲らないオバちゃん達に見えてくるの
(↑いやポルコはオジちゃんだけどね)


罪悪感てヤツは
ヒトが 生きてきた証みたいなもの

全くないんじゃ 大人としちゃ味気ない
ただ、あり過ぎても
マスタード効きすぎの ホットドックみたいなもんで

…鼻ツーンとするだけ!
…味わからん!
…不味い!
・・・だけ(´∀`*)



好きなときに飛び
好きな場所で過ごす自由

その自由を求める代わりに
その自由を手に入れることで派生するだろう不自由も
受け入れたわけで

その象徴が「豚」



豚という「不自由」を受け入れて
「自由」を手に入れた男

それは 人生で大切にしたいものを
本当に大切にしようとするからこその
男の不器用さのようにも感じるね
高橋早苗

高橋早苗