あーさん

まぼろしのあーさんのレビュー・感想・評価

まぼろし(2001年製作の映画)
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初フランソワ・オゾン。

(若干ネタバレ気味です。内容についてあまり知りたくない方はご遠慮下さい!)



"さざなみ"でシャーロット・ランプリングを知ってから、ずっと観たかった作品。
このパッケージのシャーロットの表情がなんとも切なく色っぽくて。。

若かりし頃のシャーロットは、もうそれはそれは圧倒的な美しさを誇っているのだが、今作ではちょっとくたびれた50代の女の魅力が炸裂している!(*今作時は55歳、シャーロット自身はイギリス人)

音楽も背景も、少ないセリフと目線や表情、間で感じさせる演出も、切り取られたようなカットも、どこかしらフランス風な味付けで、、

これは、好きな感じ。。

画面の色味や切り取り方が、本当に美しい。

やはり、主人公マリー役のシャーロットの一挙手一投足に目が釘付けになる。

しかし、、実際これはそんなに美しい物語ではなく、ある意味サスペンスやホラー寄りかもしれない(と私は感じた…)。

シリアスでリアルで、あからさまではない女の身勝手さとロマンティックさをどうだ!とばかりに映し出す。その絶妙なさじ加減、、
そしてシャーロットの美しさたるや!!


ここからはあくまでも個人的な見解になるのだけれど、、

フランス人女性と日本人女性(というか私)の感覚があまりにも違い過ぎて、オゾン監督の真意が掴みかねるが、ここまで勝ち気な女性は日本では珍しいだろう(それは夫の母の言動からもビシバシ受け取れる)。
今作に出てくるフランス人女性は、絶対に言われっぱなしにはならない。必ず言い返す。それも辛辣な言葉で。。

基本、夫婦は対等でないとうまくいかない、というのが私の考えなのだけれど、、

女性の強過ぎる自己主張の裏で、気の毒なのが気の弱い男性である。
夫婦でも親子でもフィフティ・フィフティ、ウィン・ウィンの関係って難しいんだなぁ。。

なんだか、本題から逸れてしまったようだが、文化とかしきたりとか価値観の揺らぎが顕在化している今、今作のテーマは何だろう?としみじみ考えてしまう。

受け取る人によってきっと色々なテーマがあるのではないかと思った。

(未見だが、イザベル・ユペール主演の"エル"なんかもこういう主題なのかな?と思ったり…。フランス映画はやはり独特だと思う。。)





最後に、シャーロットがインタビューで語っている文章をご参考までに。。


"人は苦しみに対して無抵抗になると涙を流すの。否定することをやめて、自分の身に起こった悲劇を受け入れられたらようやく涙を流し弱さを表に出せるようになるの。それが'立ち直りのプロセス'なのよ。"



夫ジャン役のブリュノ・クレメールが、一人で薪を拾いに行くシーンは、切なくて涙が溢れて仕方がなかった。。
二人でいる時は普通に見え(てい)るのに、一人になると途端に表情が曇っておかしくなる。彼は"まぼろし"じゃなくて、ここにいるんだよ…。マリーの目に映る夫は既にこの時から"まぼろし"だったのでは…?
夫が失踪中のマリーに近づいてくるヴァンサン(ジャック・ノロ)への言葉もキョーレツ!
"さざなみ"ではシャーロットは元教師役だったが、今作でも大学教授。やはり自立した女性は強いなぁ。。
しかし、マリー役のシャーロットがあまりにも美しくて且つ動じないので、こちらの方が間違っているのか?と思わされる。
そこが、今作の一番恐ろしい所ではないだろうか…。

"まぼろし"というタイトルの意味はとても深くて、夫をいきなり失踪という形で失い、その後帰ってこない夫の姿が"まぼろし"になって現れる、ということなのだが、夫婦である事にあぐらをかいて、今隣にいる人が実はまぼろしだった…なんて事のないように、相手への気遣いを忘れてはいけないと自戒するのであった!!
(相手を失うという意味では突然、熟年離婚を突きつけられるなんていうのもきっと同じ事なんだろうな…正直、笑えない。。)



追記

ずっと後を引く感じが残っていたので、数日後監督のコメンタリーを聴きながら再鑑賞。
やはり、監督が一番描きたかったのはマリーという女性そのもの、そして彼女の心の動きなんだと思った。
最初観た時はジャンが可哀想、マリーとの夫婦のバランスが悪いのでは?という思いが特に強かったのだけれど、2度目を観終えてからはマリーに共感、というかいつしか肯定している自分がいて。。
思い出すのは、マリーを演じるシャーロット・ランプリングのアンニュイな微笑みをたたえた顔。改めて良いとか悪いとか、そんな事を超越したところに今作のテーマはあるような気がするのだった。
そして、やはりキャストが素晴らしいと言わざるを得ない。マリー役のシャーロットは言わずもがな、ジャン役のブリュノ・クレメール、ヴァンサン役のジャック・ノロもそれぞれに素晴らしい。そのままを受け止めること、ジャッジはしなくて良いと思えた時、私は心から今作を楽しめたのだと思う。
美しさと荒々しさを兼ね備えた海と同じように、女性の持つ美しさと荒々しさ。
いつまでも心に留まり、不思議な余韻を残す作品だった。。


***

パッケージに書いてある、"あなたは万物となってわたしに満ちる"とは、高村光太郎の『智恵子抄』の中の「亡き人に」という詩の一節だとわかった。
彼が智恵子を亡くした後に書いたもので、心の奥深くにじんわり沁み渡る素敵な詩だった。。





亡き人に

雀はあなたのやうに夜明けにおきて窓を叩く
枕頭のグロキシニヤはあなたのやうに黙つて咲く

朝風は人のやうに私の五体をめざまし
あなたの香りは午前五時の寝部屋に涼しい

私は白いシイツをはねて腕をのばし
夏の朝日にあなたのほほゑみを迎へる

今日が何であるかをあなたはささやく
権威あるもののやうにあなたは立つ

私はあなたの子供となり
あなたは私のうら若い母となる

あなたはまだゐる其処にゐる
あなたは万物となつて私に満ちる

私はあなたの愛に値しないと思ふけれど
あなたの愛は一切を無視して私をつつむ







マリーにとってジャンの存在がそうなのかと思った時、どうしようもなく涙が止まらなくなった。。
あーさん

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