宇尾地米人

脱出の宇尾地米人のレビュー・感想・評価

脱出(1972年製作の映画)
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 原題の"Deliverance"は救助、解放の意味なんですが、邦題はもっとシンプルに、『脱出』。これが何を意味するか。何からの脱出なのか。観ていると段々とハラハラしてきて、分かってくる。最後まで観ると、ああそうか、となります。これはスリルと恐怖を含んだ男映画の傑作です。筋書きは至って単純ながら、演技や映像はじわじわと緊迫感を迫らせるもので、この作劇に追随するような映画が何本も作られたほどでした。舞台はジョージア州の山林地帯で、そこに流れるカフラワシー川がダム建設によって水没するとのこと。そうなる前に男4人で自然満喫と度胸試しを兼ねて川下りに出向いた。その試みは順調でしたが、山の中で猟銃を持った男に目を付けられる。この男は銃で脅しながら乱暴してくる。酷い目に遭っている友人を助けるため、男の背に矢を放ち殺してしまう。やってしまった。どうするか。仲間内で相談し、死体を埋めて退散することにした。山奥の小さな水流の真横に穴を掘り、死体を埋めた。これからどうするか。とにかく川を下れ。どんどん漕げ、止まらないで漕げ。すると仲間がひとり、様子がおかしくなって、カヌーから落ちた。そして水流に転覆して、みんな流されていく。もうひとりの山男に狙われている。みんな殺される。さあどうなるか。

 というような恐ろしい話ではありますが、これは映画の醍醐味といいますか、映画ならではの感覚が凄い。淀川さんがチャップリンやヒッチコック映画の特徴として「綺麗なものと、ゾッとするものを同時に見せる。これこそが映画」と言っていました。この映画も非常に感覚的なサスペンス。このあと失われることになる自然のなかの、暴力や殺人が描かれます。映画の前半は山林や河川の流れ、そこを行く男たちの活き活きとした姿を見せていく。木々の緑色、土の匂い、水面の輝き、渓流の眺め、そういうのがなくなっていくんだなぁと沁み沁みしていると、雲行きが怪しくなる。山男に狙われたことで、殺すか殺されるかの局面に立たされる。自然の景観と、人間同士の命懸けを、じっくり捉えてみせます。自然美と緊迫感がこの映画の特徴です。撮影しているのが『続・激突!カージャック』のヴィルモス・スィグモンド。この人が撮影にあたっている作品はどれも面白い。さらにこの後『ジョーズ』や『アナコンダ』の撮影監督を務めるビル・バトラー、『マラソンマン』『カプリコン1』の共同撮影にあたるアール・クラーク、『ブルース・ブラザーズ』『逃亡者』『交渉人』など大作に携わるジョージ・コフートらも撮影スタッフとして名を連ねています。そういった映画のサスペンスをどんどん盛り上げていくようなキャメラマンがこの映画に就いているんですね。

 出演者たちもその男気は興味深く、『真夜中のカーボーイ』『暴走機関車』などのジョン・ヴォイトは崖上の対決場面で力演してみせ、『さすらいのガンマン』『ロンゲスト・ヤード』のバート・レイノルズが含蓄深い物言いで仲間たちを引っ張る役を演じます。気の毒な目に遭うネッド・ビーティは舞台出演を続けてキャリアを積みながら、これが映画デビューとなりました。たくさんの娯楽作で助演し存在感を示してきました。2021年の6月に83歳で亡くなりました。『ロボコップ』や『トータル・リコール』で悪役を務めるロニー・コックスも本作で映画デビュー。劇中の緊張感を引き締める重要な役を演じていました。監督はイギリス人のジョン・ブアマン。大好きな監督のひとりです。自ら製作や脚本も務め、SF、ホラー、サスペンス、ヒューマンドラマなど多彩な作品を発表していきました。どれも見事な秀作揃いですが、キャリアや影響力、作品の風格をみると『脱出』は最高傑作でしょうか。50年近く前の作品になりますが、未だ見劣りしないスリルとドラマを備えています。
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