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ボルベール <帰郷>のkomoのレビュー・感想・評価

ボルベール <帰郷>(2006年製作の映画)
4.4
マドリードに住む気丈な女性ライムンダ(ペネロペ・クルス)は、失業した夫に代わり必死に働いていた。日々の生活に苦心する最中、夫が娘に欲情し、娘は身を守るために父親を刺し殺すという事件が発生する。娘の罪を隠蔽することを決めるライムンダ。
一方でライムンダの姉のソーレ(ロラ・ドゥエニャス)は、今は亡き母に関わるある噂を耳にする。様子のおかしいライムンダに縋ることもできず、故郷に渦巻く闇をひとりで抱えようとするソーレだったが……。


血の繋がりのある女性たちを軸に、親子三代の謎が明るみになってゆくミステリー仕立てのヒューマンドラマ。
ペドロ・アルモドバルの脚本は人間同士の固執が粘着質ながら、結末に至るまでの伏線回収が爽快です。子どもが親の謎やルーツを探るお話が好きな自分にとって、本作もかなり好みな作品でした。

物語はライムンダとソーレの姉妹が墓石掃除をしている場面から始まります。2人の故郷のラマンチャは墓を大切に手入れする伝統があることと、東風が強いことが特徴です。2人の両親はかつて、強風の日に火事で亡くなっていました。

ペネロペ・クルス演じるライムンダは作中では平凡な主婦という位置づけですが、全くそうは見えないような華やかさでどこから見てもお美しい…。一点を見つめながら何かを考えているカットが多いのですが、それすら鮮烈。

徐々に謎が増えていくところが魅力的な作品なのであまり書くとネタバレになってしまうのですが、初めからライムンダと姉ソーレの関係性に注目しているとかなり面白いです。
姉妹仲はさほど円満ではなく、会う度に小言の言い合いになってしまう2人。
母親想いのソーレは、かつてライムンダが母に素っ気ない態度を取っていたのを知っていたため、母は心残りを持って死んでいったのではないかと思っている。
当のライムンダは、死んだ母親を気の毒に思うのが嫌で、母は父と愛し合っていたから幸せだったのだと姉に言い聞かせている。
しかし、ライムンダのこの必死な発言がどういう意図でなされていたのかがのちに分かります。

そして故郷の墓掃除を終え自宅に戻ると、夫の失業を聞かされます。
それだけでも大変なのに、その夫はライムンダがいない時に娘に迫り、娘は自衛のために父親を刺し殺すという事件が発生。
ライムンダは、夫は家出したということにし、事件を隠蔽したままで話が進みます。

この作品の驚くべきところは、この事件はもちろん重要な出来事なのですが、話が進むにつれまだまだ衝撃の事実が掘り出されること。
ライムンダの両親が亡くなった火事にも、ライムンダの娘の出生にも秘密があり、更にはライムンダの伯母や、伯母の近所に住む人物の人生も交錯して行きます。
登場人物のほとんどが女性。
女性たちが家族に対して抱く愛憎劇が謎の解決と共に明るみになり、無理のない紐解き方がされてゆく様は、観る側からすれば快感すらありました。

亡き母親に愛ゆえの憎しみを抱いているライムンダが、作中で母に教わった歌を凛々しい声で披露する場面があります。
情熱的なタンゴのナンバー、『ボルベール』。
その曲の意味であり、タイトルにもなっている<帰郷>はきっと、ただの里帰りという意味じゃない。
人はみな、気持ちが伴えば在りし日へ帰ることができるのだ。
だからライムンダは最後、並々ならぬ想いを抱いている人に、秘密を告白しようとする。
物語は曖昧に締めくくられるのですが、私は人のぬくもりに満ちた結末だと思えました。
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