くまちゃん

肉の蝋人形のくまちゃんのネタバレレビュー・内容・結末

肉の蝋人形(1953年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

1950年代前半は3D立体映画が流行しており今作も3Dメガネで鑑賞するように作られている。特に蝋人形の館の客引きがカメラに向かってボールを飛ばす芸は明らかに立体を意識してのことだろう。

「フランケンシュタイン」や「ミイラ再生」等の怪奇ホラーを彷彿とされる不気味な雰囲気が全体を覆う。だが原作の戯曲をそのまま映像化したような中途半端さが垣間見られ緊張感に欠けている。追われる者と追う者はそのまま「志村後ろ」状態でコント感が強い。もう少し見せない演出が必要だったのではないか。

ジャロッド教授を演じたヴィンセント・プライスは今作のヒットによりホラー映画の第一人者として認知される。やがてプライスはピーター・カッシングやクリストファー・リーと並んで三大怪奇スターと称された。だが今作にはヴィンセント・プライスに劣らず無言の怪演を見せる青年がいた。イゴールを演じたブレイク前のチャールズ・ブロンソンである。
ブロンソンは決して大柄というほどではないが、小柄な頭部、筋骨隆々な肉体、スラッと長い脚、そのパーツの一つ一つがブロンソンの身体を何倍にも誇張して映し出す。その肢体はボリス・カーロフを彷彿とさせる。シャツから溢れる上腕二頭筋からの前腕部。その太さと浮き出る血管がブロンソンの強さを象徴しており後のマッチョなパブリックイメージに直結する。

その蝋人形の館には精緻な作品が立ち並ぶ。ジャロッド教授は実在の人物をモデルとし歴史的英雄を蘇らせる。肉体の躍動が次元を超越し各々が生きた時代そのものを演出する。誰もが認める圧倒的リアリティは蝋人形の芸術的価値を高めることに大いに貢献したはずだ。しかしこの館は閑散としている。世間では芸術よりもバイオレンスでショッキングなインパクトを求める風潮があった。ただの美術館では刺激がたりない。自然と客足が遠退いていった。
それでもジャロッドは今の生活、自身の作品に誇りを持っている。この心を充足させるのは愛らしい蝋人形だけなのだ。
しかし、この館の経営には財源があり、一定以上の収益をあげなければならない。出資者であるバークは金にならない事に業を煮やし、せめて保険金をと館に火を放つ。ジャロッドが大切にしていた蝋人形もろとも本人の眼前で燃やすとはバークは悪鬼の類に違いない。
美しい蝋人形たちは見るも無惨に溶解していく。守れなかった。愛する我が子。ジャロッドの無念は怨恨となり常世を彷徨う。

キャシーは派手好きな女性である。自分の愛人に結婚の予定を明かす能天気ぶりは驚異的だ。バークよ。こんなにも口の軽い女性を愛人に選んではいけない。例え自分が死んだとしても涙一つ見せない非情さがあるためだ。バークは首吊りに見せかけ殺害された。キャシーはそれを笑って友人に話すのだ。自分が殺されるとも知らずに。
キャシーの死体は友人のスーが発見した。それだけではない。犯人らしき人物も目撃したのだ。警察は信じるだろうか。顔面が崩れた怪人だったなどと。ここはパリでもオペラ座でもないが確かに怪人は存在したのだ。スーは執拗に怪人に狙われる。

近所に蝋人形の館がオープンした。そこの人形たちはジャロッド教授の弟子たちが作成したものだ。ジャロッドは生きていた。しかし火事の後遺症でアーティストとしては致命的な手を失った。そこについてる10本の指は最早装飾品でしかない。
件の火事はジャロッドの価値観を大きく変えてしまったらしい。いや、変わったと言うより歪曲したと言ったほうが正しいかもしれない。その館に展示されているのは以前のような歴史的英雄は少なく、初めて電気椅子で処刑されたウィリアム・ケムラーをはじめ様々な処刑器具や死亡者といった血生臭いものだった。それは皮肉にも世間の需要にマッチし、連日動員数を伸ばし続けた。

スーは蝋人形の館を訪れるとある点で衝撃を受ける。ジャンヌ・ダルクの人形。その相貌が亡くなったキャシーの生き写しなのだ。さらに警察は首吊りの人形が亡くなったバークに似ていることに気がつく。キャシーとバークの死体は安置所から盗まれ行方知れずとなっている。

蝋人形の館が閉館後、スーは再び訪れる。来館や訪問ではない。侵入である。なぜ扉の鍵が掛かっていないのかは疑問だがスムーズに入り込めた。夜間、薄暗い室内で頼れるのは窓から差し込む僅かな月光のみ。あちこちに鎮座する蝋人形たちは闇夜の中ではその不気味さやリアルさが際立って見える。ジャンヌ・ダルクの前まで来たスーは人形に手を伸ばす。恐る恐る触れてみる。次の瞬間、人形の黒髪が綺麗に離脱した。その裏からは見覚えのあるブロンドが顕れる。やはりこの人形はキャシーだったのだ。

蝋人形の館に入り込んだスーにいち早く気がついたのはジャロッドの助手イゴールだった。イゴールは耳が不自由で話せない。侵入者を追跡する。スーが蝋人形の首が並んでいるエリアを通過した時はその一つに擬態した。イゴールの堀の深い顔はデスマスクと並んでも遜色なく、動いた瞬間こちらの血の気が引く。22年後に公開されるダリオ・アルジェントの「サスペリアPART2」冒頭での視覚トリックに似ている風である。

スーはジャロッドに見つかりイゴールに追われた。逃げ道はない。必死で抵抗するスーはジャロッドを殴りつける。紳士然とした気品漂う顔面がひび割れ、メッキが剥がれる。中からは溶けた蝋人形の如く醜悪な素顔が顕れた。人々を殺害し、死体を盗んだのはジャロッドその人であった。弟子の補助に頼りながら犯行を繰り返すジャロッド。その目的は人間を蝋人形に変える事にある。この男が醜いのは見た目ではない。蝋人形への妄執的なまでの探究心。道徳や倫理など初めから持ち合わせていない。

蝋人形の原料は主に蜜蝋が使用される。ミツバチの巣を構成する蝋を精製したものだ。小柄な働き者たちに倣い人形を作り続けたジャロッド。手の自由を失ってからは弟子たちがその後を継いだ。自身の創作意欲を満たすため殺人は繰り返される。ジャロッドは仮面を被っていた。おそらく蝋でできたものだろう。最後は高温に熱せられた原料の中に落下し絶命する。蝋人形に取り憑かれた男は自身が蝋人形となることでこの惨劇に幕をおろしたのだ。
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