真一

エム・バタフライの真一のレビュー・感想・評価

エム・バタフライ(1993年製作の映画)
3.8
「東洋の女性は神秘的で献身的」といった、欧米人男性の心の奥底に巣くう偏見と差別意識を生々しく描いた作品。

 舞台は、文化大革命勃発前夜の中国・北京。フランス外交官のルネ(ジェレミー・アイアンズ)は、妖艶でエキゾチックな京劇役者リリイに入れ込み、恋仲になった…はずだった。だがリリイは、実際は男(ジョン・ローン)が演じる女性であり、しかも中国共産党のスパイだった。欧米人好みの「下から目線」の東洋人女性をあまりにも完璧に演じたため、ルネを虜にすることに成功したのだ。

 自分の妄想の中の東洋人に夢中になる白人(ルネ)の姿は、ジョーダン・ピール監督の「ゲットアウト」を思い起こさせる。この作品に登場する白人もまた、自分で勝手にイメージした「運動神経抜群の黒人」「野性味溢れる黒人」に惚れ込んでおり、それがおぞましいヘイトクライムを誘う要因になっていく。

※ここからネタバレ含みます。

 今回の「エム・バタフライ」は、人種だけでなく、LGBT問題にも切り込んでいる。「リリイ」は最後、男としての全裸を晒しながらルネに愛を告白する。リリイに扮していた男は、ゲイだったのだ。 ルネから情報を引き出そうと接近し、色仕掛けをしつつ、自分もルネを好きになっていったと推察できる。 だが異性愛者のルネは、気色悪がって男を拒否する。「俺が愛したのは、お前が完璧に演じた女だ。お前じゃない」というルネの言葉に、深く傷つく男。そしてルネも自暴自棄になり、自殺する。あまりにやるせないエンディングだ。

 一歩踏み込んで考えると、この作品は、そもそも「愛とは何か」を問いかけているようにも見える。ルネはリリイが女性であることを疑わずに、惚れ込んだ。性欲も抱いた。でもリリイが男だと知ると、精神崩壊を来した。結局、見た目が大事ということか。異性愛者の男が女を愛する場合、本当に女かどうかでなく、相手が女にみえることが重要ということだろうか。そうした見た目に基づく衝動を「愛」という言葉で表現していいのだろうか。さらには「神秘的な東洋人だから惚れた」などという偏見に基づく感情を「愛」という文字で言い表していいのだろうか。
 
 それにしても、ジョン・ローンが演じるリリイが本当の女性に見えてびっくりした!そしてこの作品が実話に基づいていると知り、さらにびっくりです! 深く考えさせられる映画でした。
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