和桜

戦争のない20日間の和桜のレビュー・感想・評価

戦争のない20日間(1976年製作の映画)
3.9
アレクセイ・ゲルマン監督が描く従軍記者の短い休暇。疎開地と前線の温度差、日常に潜む戦争の影を映し出す。直接的に戦争を描いてはいないのに、空気としてその不穏さや悲痛さが伝わってくる。
一時の休息から再び戦争が始まる構成は、今の時代へも充分に届くだけのメッセージ性を持つ。現代の紛争論で最も課題とされている紛争後社会の復興。殆どの和平協定を結んだ国が終戦ではなく停戦状態にあり、少しのきっかけで再び戦闘が始まってしまう。そんな不安定な紛争問題、もっと言えば平和そのものが恒久的なものではないわけで、遠い過去や国の話として割り切れない恐ろしさがある。

ユーモアと皮肉も秀逸で、特に戦争映画の中で戦争映画を撮るというメタ的な台詞回しが秀逸。これは戦争を美化しようとする自国のプロパガンダ映画や、盛り上がりのため事実を歪めるその他の映画、旧ソ連で生まれた監督としてどちらへも向けられたものなのかな。残された二人の時間を告げるかのように時計がチクタクとなり始め、その時間を共有する二人の姿は限られたラブロマンスでもあった。
ラストはその緊張感から戦争で生き残るのは運でしかないという。『道中の点検』でもそうだったけど、これだけ迫力ある絵が撮れるのに、第二次世界大戦に関してはそれを断片に止め、静かに語りかけるように心情の機微から戦争を描き続ける姿勢に感服してしまう。

多くの人が彼に求める前衛的で混沌とした晩年の世界観はこの作品では影を潜めてる。これがゲルマン監督なりの戦争への向き合い方なのかは分からないけど、『神々のたそがれ』で脱落した自分には衝撃だった。監督への認識が一変する。
ゲルマン監督はその時代を再現することへ異常にこだる人物でもあり、根底にはリアリズムの思想があるんだと改めて気付かされる。あの難解さは初期作が検閲により禁止処分を受けた反動もあるのかもな。
ロシア映画は文学との繋がりも強くて、それは結局独特なロシア文化そのものであっていつも圧倒される。
和桜

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