ボブおじさん

レッド・ドラゴン レクター博士の沈黙/刑事グラハム 凍りついた欲望のボブおじさんのレビュー・感想・評価

3.3
「羊たちの沈黙」から公開順にハンニバル・レクターシリーズを見てきたが、やはり最後はこの作品に触れぬ訳にはいかないだろう。

トマス・ハリス原作のハンニバルシリーズ初の映画化作品は「羊たちの沈黙」から遡ること4年、1986年(日本での劇場公開は1988年)に公開されたこの作品だ。この映画を劇場で観た人は少ないだろう。いや、むしろ存在すら知らない人の方が多いかもしれない。

原作は「レッド・ドラゴン」だが、諸般の事情により映画原題は「MANHUNTER」日本では「刑事グラハム 凍りついた欲望」その後、「羊たちの沈黙」の大ヒットを受けて改題した「レッド・ドラゴン レクター博士の沈黙」と併せていかにもB級感漂うタイトルだ😅

映画は満月の夜に惨殺をくり返す殺人鬼を追う元FBI捜査官ウィル・グラハムの活躍を描いており、レクター博士は前半でほんの少し出てくる程度、犯人の人物描写もあっさりしている。

そう言った意味では、改題したタイトルは完全にレクター人気に便乗しただけで、内容からすれば最初のタイトル通りのB級刑事物アクション映画だ😅

この映画の評価はハッキリ言って芳しくない。その理由は出演俳優の顔ぶれや犯人のレッド・ドラゴンの人物描写が浅いなどいくつかあるが、最大の理由は、この映画を見た人の99%以上が「羊たちの沈黙」を先に見ていることだろう。

「羊たちの沈黙」の後にこの映画を見た人の最大の関心事は、映画史に残るシリアルキラーであるハンニバル・レクターがどの様に描かれてているかの一点ではなかったか?

その意味では、この映画は完全に肩透かしである。だがこの扱いは、ある意味では正しいのだ。そもそも原作でも元FBI捜査官のウィルと異常犯罪者レッド・ドラゴンの対決が主題であり、レクター博士は脇役に過ぎない。映画のクレジットでも手元の文庫本での人物紹介でもレクター博士は5番目に記載されている。

更にこの映画にとっての不幸は、リメイクされた「レッド・ドラゴン」との役者陣の知名度の差が著しいことだ。この映画に有名俳優は出ていない。レクターを演じたブライアン・コックスの名は知っているが、それとて元々知っていたのか、この映画で記憶したのかさえさ定かではない😅

方や「レッド・ドラゴン」は、アンソニー・ホプキンス、エドワード・ノートン、レイフ・ファインズ、エミリー・ワトソン、ハーヴェイ・カエテルそしてほんの端役のゴシップ紙記者にさえオスカー俳優のフィリップ・シーモア・ホフマンを起用するという反則的なキャスティングだ。

ちなみに「羊たちの沈黙」は、史上3作品目のアカデミー賞主要5冠、「レッド・ドラゴン」の製作費は本作の5倍強。後から作られたこの2作品と比べられることになろうとは監督のマイケル・マンも思っていなかっただろう😭


〈余談ですが〉
今回30年ぶりくらいに本作を鑑賞して、改めて映画の難しさと奥深さを実感した。本作は、ある意味原作や常識に則って正しく映画化されている。

例えば本作でレクターら精神異常犯罪者が収容されている州立ボルティモア病院の内装は、白一色で仕上げられ清潔感に溢れている。おそらく実際の病院もそうであろう。

だが、思い出してほしい「羊たちの沈黙」でハンニバル・レクターとクラリス・スターリングが最初に出会う、あのシーンを。

内部は何重にも鉄格子で覆われて薄暗く清潔感は感じられない。どことなくゴシックホラーを思わせる、おどろおどろしいあの場所は、紛れもなく州立ボルティモア病院であるはずだ。決して懲罰の独房や終身刑犯が収容される場所ではない。

だがあの薄暗い廊下の奥の部屋から現れるハンニバル・レクターのファーストショットの不気味なことよ。そしてその怪物レクターに短い登場時間で大きなインパクトを与える脚本と演出。

また、細かいことだが本作ではグラハム刑事が登場するシーンではやたらと青空が印象に残る。これもアクション映画の主役の背景としては間違いではないが「羊たちの沈黙」や「レッド・ドラゴン」では青空の印象はなく、そのことが映画の重苦しさを伝えている。

キャストや予算も違うので比べることは酷だと思うが、どうしても比べて見てしまう誠に気の毒な作品であった😅