トウキョウソナタの作品情報・感想・評価・動画配信

『トウキョウソナタ』に投稿された感想・評価

otosoba

otosobaの感想・評価

3.8
ある普通の家庭。ひとりひとりの抱える事によってバラバラと欠けていく怖さを面白く描いていてゆった〜りと流れていくのだけど、目が離せなかった。小泉今日子さんのシーンシーンの目の表情がすべてを伝えていて、それを誰も正面から受け止めようとしていなかった。(見ていたのは私たち鑑賞者だけ。)
海で一夜を明けた後の荷が降りた表情や、ラスト健二がピアノを弾く姿を初めて見たときの表情。小泉さんの演じる母としての立ち位置、動きが印象的だった。この作品を見て映像を通して誰もが目にするのが役者の目だと改めて思った。もちろん声の表情もこの作品の所々で感じたが目の表情の伝わり方は強い。自分の今の目線を意識しながら、逆に目の表情で感情は伝わってしまうから殺しつつも、過ごしていきたい。
別々だった家族が健二の音によってキュッとなった気がする。その姿をみる母と父の気持ち、考えるだけで涙がでそう。けっきょく家族はかぞく。何があっても家に戻ってくる。共に食事をする。流れる音をききながらわたしは揺れるカーテンをずっと見ていた。そこにカーテンがあって良かったと思う。
K

Kの感想・評価

-
こわい

黒沢清監督の作品って全部違う怖さがある
役所広司さんのお芝居って好きかもしれない
ヨーダ

ヨーダの感想・評価

4.0
ちゃんといい映画だな~、子役の子と小泉今日子を見れただけでも良かった、すごい
黒沢清は絶対クソな映画を作らないような気がするからクソ映画を探してみたい
すみれ

すみれの感想・評価

3.7

このレビューはネタバレを含みます

最後泣いてた、、、、ドビュッシー沁みる、、
お母さんがお母さんやるのも悪いことばかりじゃないって思ってくれてて救われた
これ面白かった!
なんか、なんともいえん長男の自衛隊としてのアメリカで殺しまくったとか
次男のピアノやりたいのとか才能はいいけどあの学校の先生とのやり取りとか…
学校の先生って社会人をやってきてないからどーの…とよく言われるけどこの先生もなんか対応の仕方面白いって言ったら変やけど無視するからって言っちゃうの笑っちゃったw でも子供に嘘流されてひたすらエロみたいなあだ名つけて流されるのいくら子供相手とはいえ理不尽すぎ~💦
お父さんはあるある典型のやばいやつだったけど、嫌悪感通り越して面白かったww
まさか強盗であの俳優出てくると思わんくてびっくりしすぎた!!
小泉今日子を中山美穂と間違えて見てたので間違えて平田さんに「トウキョウソナタ見ました」と報告してしまったすみませんww
香川照之と本当に日本トップクラスの俳優だね。本作にしろ、「ゆれる」にしろ、彼の演技に感動してしまった。内容はと言うと、これもつい泣けてしまうラストのドビュッシー。居心地の悪さを抱える人たちの映画。
なお

なおの感想・評価

3.9
終盤までみて、世の中にたった一つの希望の光もない人々の物語をなぜ作るんだろうって考えてた。これを観る私たちは、それによって自分の人生はまだマシだ幸せなんだと思うためなのかとか。

でも、最後のピアノを聴いた時にここまでのモヤモヤが洗い流される感覚と、辛い人にしか創作できないものがあるんだと感じた。同時に世の中生きてる上で辛さがこれっぽっちもない人なんていないのだと思った。

なにがあろうと帰る場所がある。そこに集うのが家族。他人だけど繋がりを感じる。
あのラストにかすかな希望を感じるように、これからの人生にもまた同じように光を見出すことができるのだろう。
映画男

映画男の感想・評価

3.5
今さら初鑑賞。失業したことを家族に打ち明けられないという、これもある種のホラー。ある意味怪奇現象的ホラーよりもこっちの方がよっぽど現実的で恐ろしいかも知れない。ただ役所広司が登場してからの後半30分は要らんかったとおもう。(ここからちょっとネタバレ)たしかに一連のくだりはドラマチックで見応えはあるが、その前に、旦那が嫁に失業をバラされて長男が家を出て、次男が怪我した時点で、完全に家族は崩壊したわけだから、わざわざその先を無理に作らなくてもよかったんじゃないか。東京家族崩壊物語。90分で収まるし、ぜんぜんそれで悪くないとおもう。救済を描きたかったんやろうけど、一気に現実→非現実のフィクション的展開になっていくことにおれはついていけなかった。なんか、どんどん興醒めした。
香川照之がリストラされてしまい、配給に並んだりハローワークで仕事探したり、でもプライドも高く家族にバレたくもなく…

登場人物のほとんどが何か問題を抱えていてみんな色々あるな〜って気持ちになる。

井之脇海がまだ小さい!
饗庭

饗庭の感想・評価

5.0
責任阻却と貧困の帝国、日本
国家が刻みそして剥奪する空虚なポジションの中で、それでも私は私の劇場であり、私の俳優である

ポジションとしての家族からパッションとしての家族への生成
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