櫻

ペイ・フォワード 可能の王国の櫻のレビュー・感想・評価

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もしもこの世界が今よりも素晴らしくやわらかな繭のようなものだったなら、あなたは傷ひとつないまっさらなままでいられたかもしれない。あなたのまっすぐな目が、今でも自ら凛と光り続けているその目が、今よりも冬の湖の水のようにずっと澄んだままでいられたかしら。生きていくということが傷だらけになることのように感じることなく、昼下がりの木漏れ日くらい一等うつくしい光のなかだけにあるようなやさしい心地にさせるものだったならどんなによかったかと思う。

実際の世界はといえばあまりにもかけ離れてしまっていて、これらはひとの頭の中や言葉の上でしか成り立たなくなった白昼夢。憎悪の弾丸や雑草のように起き続ける暴力がむくむくに肥大して、かたく閉じた袋からでも溢れ出して止まらないこの世界で、あなたが生きてきたことそのものを、わたしは愛しとおせるだろうか。わたしにその種類の強さがあるだろうか。そう、自分に問う。誰かの弱さや憎悪のせいでついてしまった、いつまで経っても消えないその傷の分厚い瘡蓋が、我々はなんにも悪くないと笑って見せてくるこの世界のぎらぎらうるさい光にも反射してうつくしいこと。暗がりでも、もちろんきれいだったこと。その瘡蓋が分厚い分だけ、あなたはあなたの大切な聖域の部分は誰にも壊されんとして、ひとりでつよくつよく踏ん張ってきたこと。あなたに見えないあなたのうつくしさを、わたしはたくさん知っている。そう伝えたいひとのために、わたしには自己鍛錬がまだ足りていない。それほどつよくないのだと思い知らされてきた。

きっとなにかいいことを誰かに与えることよりも、誰かを踏み躙って傷つけてしまうことの方が簡単なのだろう。まだわたしは、何度も自分の弱さや頼りなさに呆れたり失望しながら、自分が悪い方に転ばないように最後の一瞬手を伸ばせばなんとか間に合うくらいの揺らぎのなかを生きている。なんにもできないのだと思わされているうちはなにひとつ変えられないのだと、この世界はひどい地獄のような姿をして、日常を昏い檻のように見せてくる。そこからともに、少しずつ脱していこう。わたしはわたしをいい方に持っていける存在なのだと信じたいし、あなたにもそう思ってもらえるような自分になりたい。叶わない夢の前でも、わたしたちはかなしい暗闇に灯火を持ち寄って照らしあたためあって、朝がくるまで踊っていよう。
櫻