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地獄と高潮のnetfilmsのレビュー・感想・評価

地獄と高潮(1954年製作の映画)
3.3
 サミュエル・フラー初のカラー作品にして、シネマスコープ作品。秘密裏の平和組織が、北極圏沖で起きた原爆実験の有無を調べようと、マニラで沈没船の引き揚げ作業に従事していた元アメリカ海軍士官アダム・ジョーンズ(リチャード・ウィドマーク)を日本へ送り込む。そこにはヨーロッパで消息を絶ったフランスの原子科学者として最も著名なモンテル教授(ヴィクター・フランサン) がいた。教授からある大佐が北氷洋の共産軍基地を飛行機で偵察に行き、撃墜されたと知らされたアダムは、モンテル教授と潜水艦に乗り組んで一路北氷洋へ向かう。前作『拾った女』がJ・エドガーの逆鱗に触れたサミュエル・フラーは、不本意ながら20世紀フォックスから今作の映画化権を持ちかけられ渋々了承する。フォックスは53年からシネマスコープを導入し大ヒットを収めており、フラーにもシネマスコープでの撮影を持ちかけた。彼は横長のフレームに相応しい題材として初めての潜水艦映画に取り組んだ。初期のシネマスコープは画面の動きに乏しく、ともすれば演劇的で絵画的な画面に落ち着いてしまう傾向があったが、フラーは今作にパニック映画の要素を持ち込み、出来るだけ画面を緊迫させ動的に見せることでシネマスコープの欠点を回避した。

タイトルバックで核爆発時のうろこ雲の動きを捉えた後、日本へ降り立った元アメリカ海軍艦長が、戦争時に同僚だった兵士に間違われる一幕がある。彼は第二次世界大戦で活躍した英雄のような存在であるが、今は狂乱の時代を生き抜いた男として、ビジネスライクな仕事を請け負っている。今回の仕事の目的は原爆実験の有無と調査団の艦長の依頼であり、2つ返事で引き受けることになる。フラーの映画はいつも多くの人種が混じり合い、超党派なチームを作るが今作も例外ではない。アダム・ジョーンズはアメリカ人であるが、彼と共に潜水艦に乗ろうとしているモンテル教授はフランス人であり、どこからか紛れ込んだスパイの代わりにモンテル教授が船員として提案した紅一点ドニイズ(ベラ・ダーヴィ)の存在がチームに波風を立てることになる。これまでのフラー作品同様に、明らかに勝気で鼻っ柱の強い原子科学の教授をベラ・ダーヴィという異国の女性が体当たりで演じている。アダムは潜水艦においては艦長の指示が絶対だと言い、集団を統率するのだが、そこに割って入ったドニイズの行動が男たちに多くの火種とトラブルを引き起こす原因となる。激しい女の奪い合いは当初の目的を阻害するほどの影響力を持っていく。

中盤の潜水艦同士の素潜りからの我慢比べは、嵐の前の静けさを我々に強烈に印象づける。何もそこまで熱心に描写しなくてもと思うほど、潜水艦内部をドリーで移動するカメラは、徐々に酸素が欠乏していく息苦しさを描写している。ドニイズも徐々に弱りながらも、一睡もしない覚悟を見せるが、そこに声を掛けるアダムの優しさに一瞬隙を見せるドニイズの女の目には注目せざるを得ない。全体的に赤みがかった過剰な色彩の中で、フラー映画独特の男と女の唐突なキスがここで始まる。B級映画の職人らしいスクリーン・プロセスによる海上の場面と、模型による海底の場面とのモンタージュは今観るとさすがに古さを感じるが、モンテル教授の指切断の場面の緊迫した描写など、細部に渡るシリアスな描写が男たちの人間ドラマを盛り上げていく。北海道付近ながら中国船という曖昧なリアリティも多少気になるものの、フラーの映画では捕虜が捕虜以上の尊厳を見せることになる。今作でも心理的駆け引きに使われた捕虜はアダムに本気で殴るよう指示し、実際に艦長は鉄拳制裁を加えるのだが、その甲斐も虚しく一人の大切な命が奪われていく。

B29や原爆が全て中国のせいであるかのような今作のB級映画ならではの短絡的な設定には首を傾げざるを得ないが、クライマックスには一際印象に残る場面がある。モンテル教授の負傷により、ケヴロック島への到着に際し、教授が入島出来ないという厳しい判断の中、ドニイズとアダムが上陸し、この島に原子爆弾の大倉庫があることを探り出す。その島の中でドニイズが銃を発砲しなければならない状況に出くわし、アダムもいない洞窟に潜んだドニイズが躊躇なく敵の兵士を撃ち殺すのである。ここでは女でさえ引き金を引かなければ生き残れない。彼女はそこで敵兵を撃った後、取り乱すわけでもなく声を上げるでもなく、その場に呆然と立ち尽くす。戦争に出兵しない女性が、組織の倫理とは関係ないところで、生きるか死ぬかの判断に迫られた名場面である。この一発の銃弾の重みをフラーは理解し、今作の一番重要な場面に設定するのである。ラストのドニイズの告白はあまり意味を成さなかったが、それ以上にマッカーシズム溢れる1950年代にこのような陰謀論溢れるアメリカ国内の情勢から、アジア人やヨーロッパ人が活躍する映画を製作したフラーの勇気と英断には尊敬を禁じ得ない。
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