全体的に地味なのだけれど、見れば見るほどその人間の優しさを奥深く描いた滋味の深いフレーバーがスルメのように染み渡り唸らされる名品。

訳ありの女中川崎弘子と旅行中急病のため旅館に泊まることになった女子学生の疑似母子関係もいいのだけれど、そんな関係が実の父親の登場により崩れさり何も言えないまま彼らから一歩引いていく川崎弘子の所詮私は外部者でしかないという悲しみをふと見せる瞬間にグッと来る。そんな微妙な関係を登場人物のふとした所作で繊細に表現する五所監督の老練なテクニックが冴えており大したことが起こらないドラマを引き締めている。

文学座を杉村春子とともに創世記から支えた三津田健が脇役が多い映画では珍しく父親役としてメインで出演しており、その飄々とした味わい深い演技を存分に堪能できる。そして仲代達矢夫人として有名な隆巴(宮崎恭子)が女優として映画に出ているのが貴重。あと秋山庄太郎がスチールで参加したりするなどスタッフが豪華。

女子大生を治療する医師役として若い頃の沼田曜一が出演しており、後年の悪役イメージとは違う清涼な演技を披露してドラマにクリアな味わいをもたらす。でも都会の人にいきなりヤギの乳を飲ますのはどうかなと。

登場人物たちの普段の表情が垣間見える終盤からの、どことなく頼りないけれど明日を信じて出発する主人公たちの別れの清々しさに思わず自分達も明日を生きようという希望が湧いてくる。ちょっとひねくれた女子大生の最後にとった行動と中村是好のあれがまた…。

ヒロインが父とともに旅館を去るあたり、別々の部屋にいる親子三人の日常を映すさり気ない場面が心に刺さる。ほんとなんでもないんだけど、あの俗ぽさ満載だった親子の素の姿をみたようで。メインの人間関係と同列で感慨深い。五所監督のこういうこところが好きだな〜と思ったり。"おさすり様"がメインのハナシかと期待してしまったが全然違ったわい。

まだまだ戦後間もない暗澹たる社会病理の投影図。
スクラップ･アンド･ビルドで再建をなしてきたタフな日本の精神的なそれが垣間見えて泣けるし、シンプルに出会いと別れを描いた作品としても秀逸