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「粘土のお面」より かあちゃんのmidoredのレビュー・感想・評価

4.0
舞台は昭和24年東京の曳舟。極貧ブリキ職人の一家が貧しさにへこたれず健気に生きてゆくお話です。お金はなくとも笑顔と希望を忘れない姿が爽やかな感動をもたらすモノクロ映画でした。

ですが、正直なところ、これでもかという不運のたたみかけが辛すぎるのです。

オープニングこそ派手に破れた障子や、内職のキューピーさんや、ほろこびだらけの着物に興味津々でしたが、ラストあたりは普通に精神的な負担を感じました。

爽やかなラストシーンのはずなのに、ブリキ職人一家の貧乏だけでなく、同じ長屋ずまいの人々の貧さゆえの不幸までもが、いっしょくたにのしかかるような気がしました。

若き日の丹波哲郎演じる金持ちのクズ男が、長屋を訪れて、英語で「貧しくて狭くて臭いな」と言っていましたが、なんというか、この作品には本物の貧しさの匂いがしました。

貧乏は恐ろしい。だからこそ家族やご近所さんや、同じ貧さに直面する人たちとの温かい交流が大事なんだなと思いました。そうじゃないとこんな苦難は生き抜けなさそうです。

今の日本にこのような貧しき人々の連帯感などあるのでしょうか。貧富の差はどんどん広がるばかりなのに、いっこうに貧しい人々の姿は見えて来ません。

福祉制度は昭和24年の頃よりずっと素晴らしいはずなのに、人知れず死を選ぶ人たちが多い理由もそんなところにあるのかもしれないなどと考えたりしました。

手放しに感動だけして終われる娯楽作とは言えませんが、こうした時代だからこそ、見ておくべき作品なのかもしれません。


[以下追記]
原作の豊田正子『粘土のお面』を読みました。いやもう、素晴らしすぎてたまげました。

あふれんばかりの情感、人物像の豊かさ、会話の味わい深さ、失われた昭和の情景の懐かしさ、それらを一切無駄のない、シンプルかつ絶妙な文体と構成で描ききっている。

しかも18歳時の作品だそうです。ベストセラーとなった『綴方教室』を書いたのは小4ですし、良家子女などではなく、この映画まんまの貧困家庭出身者なのですから、本物の天才おそるべしです。

略歴によると『粘土のお面』は2度も映画化されおり、中川信夫監督のは2度目のものでした。何度も映画化されるだけのことはあります。

ただ、思っていたより『かあちゃん』は原作を忠実に再現した作品ではなかったようです。

そもそも設定が微妙に違うし、原作は確かに昭和の貧困が記録された貴重な作品ではありますが、これほどの貧困哀歌ではなく、むしろ子供時代の讃歌のように読めます。

たとえば雑巾屋の娘の悲劇などは映画オリジナルのエピソードでした。これは大人の事情で美人女優を出演させるためだったのか、あえて昭和枯れ薄に焦点をしぼるためなのか。どちらにしても、これがあるのとないのとでは、かなり印象が違うだろうと思いました。

いやでも、自分が読んだ改訂版は、初版から6話分ぬいたものなので、初版にはキャバレー勤めの悲劇も書いてあるのかもしれませんが。これは初版を読むしかない。
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