Manabu

長江哀歌(ちょうこうエレジー)のManabuのネタバレレビュー・内容・結末

4.5

このレビューはネタバレを含みます

この映画は、中国、三峡地区に建設された、巨大なダムを舞台とした壮大な映画です。

原題は『三峡好人』“中国の南西部、長江中流域周辺、三峡地区に住む親切な人々“の意味がある。2006年にジャ・ジャンクー監督が完成させた、絵巻物の様な、一大叙事的作品です。
ジャ・ジャンクー監督はこの映画を、自身の著書で「時は、静物の上に深い痕跡を残すが、静物はただ黙って人生の秘密を湛えている」と書かれている。その言葉から私は、静かに生きる市井の民こそが、国家の代償を多いに被るのだ、という含みを受け取った。

監督は当初、三峡ダムを映画にする予定はなかった。友人の画家が「三峡ダムで働く労働者を描きたい」と言い、一緒に現地へ赴いた監督は、友人の姿をドキュメンタリーで収めようとした。しかし、現場に着いた途端に映画の物語/脚本の構想を瞬時に組み立てたという。

監督の目前に広がったのは、世界で3番目に長いとされる長江。古く、中国では杜甫や李白などの詩に詠まれ、三国志の舞台としても有名である。

映画冒頭で長江を悠然とたゆたう舟上から眺める山並みの、絵巻物のようなスクロール・パン撮影が息を飲むように、ただただ静かに美しかった。霧や河。名だたる画家によって山水画、水墨画の世界に記録されてきた大河である。
目の前で、2000年を軽く上回る、その永い中国の歴史に対し、国家という抗いきれない大いなる壁が立ちはだかり「国益」と称される最も忌むべき金科玉条の元、歴史や文化そのものを水の中に沈めようとしていたのだ。
三峡ダム建設は下流域に住む140万人もの人々を「三峡ダム難民」とさせ、更には地域の生態系をも破壊する社会問題と化した。

その光景は、中国の社会問題をまさに浮き彫りにしていたのだ。ジャ・ジャンクー監督はこの映画を作ることで、三峡地域の現実から、国の変貌を表現しようとしたのだろう。

そういった視点から観ると、この映画はドキュメンタリー映画の機能を持った作品でもあることがわかる。

中国の紙幣の10元札にも描かれているた「クイ門」が印象深い三峡地域だが、劇中に突如、歴史の忘れ物として忽然と現れる、「三峡から去る人を記念するモニュメント」という、それはまるで恐ろしい巨大異物構造体が登場するのが、この物語を象徴していた気がする。
建設途中で資金難の為、建設放棄されたという、何とも中国的な巨大な異物である。
この異物感こそが実は三峡ダムも同じで、それは、人々の生活に対し、徐々に徐々にと、悪魔の触手の様に、大きな不調話を生じさせていく。

ダムができる前のこの地域には、古い絵や風景としての景観が、遥か昔から残っていた。長い歴史を持つ町並みは壊され、人々も故郷を去った。のどかな風景は失われた。何よりも懐かしさが消滅された。

その落差にこそ、ストーリー性を感じた。

監督は夫を探す妻として、『青の稲妻』などで好演だったツァオ・タオ(とても可憐な女性になっていて仰天した)ハン・サンミンを「旅人の視点」で登場させている。旅人の視点とはつまり、客観的な監督の目線である。

そして撮影を待つ間も無く、解体工事は刻一刻と進む。あっと言う間に中国の歴史そのものが破壊され損なわれていくのだ。(手持ちの小型HDカメラは逐一その愚行を物語の進展と共に記憶してゆく)

映画監督として、1人間として、その場から立ち去る事ができなかったのだろうと思う。
目の前で起こっている歴史を、そのまま描き、記録したかったのではないだろうか。

三峡ダム建設を描く中に、普遍的な人間の生をテーマとしている所も見逃せない。

中国、長江のほとりで、主役の二人は、それぞれに“ある人“を求めてさまよう。
夫を探しに来たシェンホン。別れた妻子を探すハン・サンミン。

去る人、そして、来る人。

目の前で、景観や歴史が変わろうとも、人は結局のところ、一所懸命に生きる事しかできないのだ。

2600年という永い時間の中に、その街は確かに在った。しかし、たったの二年で水の底へ沈んでいった。

消えかけた愛を取り戻すため、この街にやってきた男と女。

「156.3m」と壁に書かれた「死の境界線」

エレジーとは悲しみをうたった詩。死を哀悼する詩。の意味を持つ。

そして2009年、三峡ダムは完成する。

140万人もの住民は強制立ち退き。当時の中国メディアはこぞってニュースとして取り上げていた。しかし、ひと時が終わってしまうと、何事も無かったかのように彼らは撤退した。そして誰も気にかけなくなったという。。。。

とても壮大な映画だった

(2014.04.30.LASTBAUS)

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