しんご

ダークナイトのしんごのレビュー・感想・評価

ダークナイト(2008年製作の映画)
4.8
クリストファー・ノーラン監督がアメリカンコミックの枠を完全に超えて描く犯罪ドラマの金字塔。ブルース・ウェインが「なぜバットマンになったか?」に焦点を当てた「バットマン・ビギンズ」(05)を挨拶代わりとするならば、今作からが謂わば本番といったところか。

「ヒート」(95)の世界観にインスパイアされたゴッサムシティは重厚かつダークな犯罪都市として描かれている。その街の中であくまでも自警市民として悪と戦うバットマン。億万長者である傍ら何らの公的な権力も持たない「ヒーロー」であることにブルースは苦悩する。バットマンコスプレをした模倣市民が「あんたと俺の違いは何だ?」と問いかけた時、「自分はホッケーパッドは着けない」と煙に巻くブルースの返答は彼のバットマンとしてのアイデンティティーが揺らいでいることを暗示するシークエンスだと思う。

そんなブルースは合法的にゴッサムの悪を一掃するハービー・デントを「光の騎士」と呼び敬意を表し、自分が既に引退すべき時なのだと悟る。デントになら幼なじみのレイチェルを任せられると思案するブルースの寂しそうな眼が印象的だ。

そこに現れたのがあのジョーカーだからストーリーが面白くならない訳がない。ゴッサムの犯罪集団のトップに立ちたい訳でも、ましてや金目当てでもない彼のポリシーは「単に世界を無秩序にすること」のみ。劇中アルフレッドがした「東南アジアの山賊」の話を借りれば、「強奪した宝石を道端に捨て世界が燃えるのを見て笑う」ジョーカーのキャラは数ある悪役の中でも群を抜く異常さではないだろうか。

取調室でバットマンと対話するシーンはまさに圧巻。マスクをして捜査関係者の真似事をするバットマンは自分と同じく「イカれている」と批判し、「世の中に秩序が無くなれば文明人も殺し合いを始める」と饒舌に語るジョーカー。その上で、無秩序の成れの果てである自分は「化け物どころか、人より1歩先の存在」だとニヤりと語る彼の論理はまさに狂気そのものだが核心を突いていて背筋が凍った。ヒース・レジャーの演技が凄まじ過ぎてジョーカーが架空のキャラクターだと言うことを完全に忘れる。

ブルースの正義と自我を極限まで揺さぶった挙げ句ジョーカーが仕組んだゲームがあれだからバットマンのみならず観客も絶望すること間違いなし。あのシーン後のデントを観ていると正義の「悲しさ」と「脆さ」を痛感せずにはいられない。

壮絶なドラマの最後に放つゴードンのセリフが物語を重厚に締めくくる。「ダークナイト」の意味が明らかになるラストはきっとここ数年の犯罪映画の中でも屈指の名シーンと断言できる。
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