サマセット7

ゼア・ウィル・ビー・ブラッドのサマセット7のレビュー・感想・評価

4.4
監督・脚本は「ブギーナイツ」「マグノリア」のポール・トーマス・アンダーソン。
主演は「マイレフトフット」「リンカーン」のダニエル・デイ=ルイス。

[あらすじ]
1896年、アメリカ西部カルフォルニアの荒野。
次なる資源として注目されつつあった石油の採掘に全てを賭ける男ダニエル・プレインヴュー(デイ=ルイス)。
彼はポールという男の誘いに応じて、幼い息子と共に新たな油田の開発に挑むが、それはポールの双子の兄弟であるイーライ(ポール・ダノ)との因縁の始まりであった。
地主の息子であるイーライは、油田開発の条件として、彼が司祭を務める新興宗教への寄付をダニエルに求めるが…。

[情報]
三大映画祭全てで監督賞を獲った現代の名匠ポール・トーマス・アンダーソン監督(以下PTA)の、ゼロ年代における代表作。

PTAは独自の作家性と完璧主義で知られる、言わずと知れた天才監督。
今作では、20世紀初頭のアメリカ西部を緻密に再現してみせた。
今作でベルリン映画祭の監督賞受賞。

主演のダニエル・デイ=ルイスは、史上唯一アカデミー主演男優賞を3度獲った名優中の名優だが、今作で「マイレフトフット」に続きその二つ目を得ている。
その経歴はもはや伝説的で、「羊たちの沈黙」のレクター博士役の最終候補だったとか、ロードオブザリングのアラゴルン役のオファーがあったが断ったとか、逸話が多い。

今作は数々の映画祭において受賞しており、批評家の評価は極めて高い。
アカデミー賞では作品賞を含む8部門にノミネートされ、主演男優賞と撮影賞を受賞した。
「21世紀の映画」「ゼロ年台の映画」などのランキング企画で、上位に選出されることが多い。
興行的にも、製作費2500万ドルに対して7600万ドルの興収をあげ、PTA作品の中では最も成功した作品である。

原作は「石油!」という小説だが、最初の設定の一部が使われているのみで、内容は別物のようだ。

PTA作品の常だが、ジャンル分けは不能。
石油採掘を業とする男の年代記、であり、家族の虚構を巡るアンチ・ファミリームービー、でもある。
さらにその本質は、怪物的なビジネスマンvsカルト宗教家の、度を超したマウンティング・バトルムービーである。
バイオレンス、ドラマ、ブラック・コメディ、サスペンスなどの要素を含み、ある意味で、怪獣映画的な要素すら含む。

タイトルは「やがて血で染まる」といった意味か。

[見どころ]
なんと言っても、今作の見どころは、最終盤のボウリング場での一連のシーンであろう。
2時間半の長尺も、不穏な音楽や音響も、全編に緊迫感あふれるPTA演出も、お得意の長回しなどを駆使した印象に残るカットの数々も、石油、家族、宗教を巡る重層的なプロットも、全てが「タメ」であり、噴火の予兆であり、導火線である。
ダニエル・デイ=ルイスとポール・ダノの演技は、全編素晴らしいが、こと最終盤の問題のシーンでは限界突破して、名演を超えた怪演、とでも言うしかないナニカに至る。

[感想]
いやはや、なるほど、これは歴史に残る。
強烈な印象を残す作品だ。

ただ怖いだけだったり、暴力描写が過激なだけなら、ここまでのインパクトはあるまい。
今作は、特にラストにおいて、滑稽さ、シュールさ、意味不明さもまた、限界突破する。

ここでのダニエル・デイ=ルイスの演技は、むき出しの人間のエゴの奔流である。
それは奇妙に可笑しみを湛えつつ、同時に戦慄するほど恐ろしい。
その両立の手際。

ミルクシェイクを巡るセリフ回しの、理解不能な狂気。
たしかに脚本を書いたPTAは天才だ。

今作は決してキャッチーな作品ではない。
2時間半の長尺に、わかりやすいエンタメ性はない。
観客を牽引するのは、不穏なタイトルや不快感を煽る音響、示唆的なエピソードの重なりが示す、「やがて訪れる破綻」の足音である。
ダニエル・デイ=ルイスの憎しみと怒りを溜め込んだ表情が、あるいは、ポール・ダノの絶妙な配合で人を挑発する顔面が、より破綻を予想させる。
こいつらが、最終的にどんな酷い目に遭うのか。
それを知るために、観客は嫌でも彼らを追わざるを得ない。

いくつかのシーンは、頭にこびりつく。
噴き上がる焔!!
屈辱の儀式!!!
食事!!!

そしてラスト。
その切れ味は見事だ。
観客は、自分が観たものがなんだったのか分からず、ポカンとして終幕を迎える。

[テーマ考]
今作は様々な読み解きのできる作品である。
人によって、今作が何を描いた作品か、解釈は異なろう。

男性的なエゴが高じたマウンティング合戦の暴走の成れの果て、という見方もできるだろう。
何しろ今作には、女性性が決定的に欠落している。

あるいは、ダニエルと息子や義兄弟の関係性に着目すると、自己愛と家族という欺瞞について語った作品とも言えるかもしれない。
ダニエルは、折に触れて家族のためと言及し、自己の出自に強い拘りを見せるが、その実、息子や義兄弟のことを本当には大切にしていない。
彼にとっての家族とは、自己愛の延長に過ぎない。

ビジネスの成功や、宗教の隆盛を、他者からの収奪であると喝破した作品、とも言えるだろう。
成功のための手段をであったはずの他者からの収奪は、やがて、目的そのものに変質する。
他人を貶め、騙し、奪い、報復して痛い目に合わせることは、それそのものが悦楽なのだ。

男性論、家族論、資本主義への批評…。
以上のような複数のテーマが、ラスト、憎しみの噴出という形で、重層的に奏でられる。
残ったものは、ひたすら空虚だ。
壮大な徒労。
それこそが、人生、なのかもしれない。

[まとめ]
PTAのゼロ年代を代表する作品にして、名優の怪演を堪能できる、名状しがたき傑作。
ポール・ダノは、今作でダニエル・デイ=ルイスに対峙して、堂々たる演技を披露する。
彼の、人を挑発する演技は、ザ・バットマンでも活かされている。