真田ピロシキ

ゴーストワールドの真田ピロシキのレビュー・感想・評価

ゴーストワールド(2001年製作の映画)
4.2
また観たいと思いながらも最近では見られる機会がかなり少なくなっていた2001年の拗らせティーン映画。実は今年Blu-rayが出て原作漫画の日本版も再販されてたらしい。出演は当時『アメリカン・ビューティー』で脚光を浴びたソーラ・バーチと当時15歳にして既に現在の顔立ちが出来上がっているスカーレット・ヨハンソン、スティーヴ・ブシェミにブラッド・レンフロ。公開当時は主人公たちの年齢に近かったため自然と目線もそちら寄りだったが、20年も経つと見方が異なる。

自分はそんなまともな大人ではないので説教染みた見方はしない。ただその時はあまり見えてなかった主人公イーニドの複雑さが掴めた気がした。イーニドとその幼馴染レベッカは学校の主流派からは離れた不機嫌で捻くれた奴ら。レベッカは言い寄る男が多いが、イーニドは人並みとされてて、なのに同世代の人間は小馬鹿にしている率直に言って嫌な奴。音楽の趣味は時流に乗らない個性的で、ファッションセンスも優れている。だがイーニド自身には何もない。何かを作りもしなければ、何かやりたいことすら分かっていない。これではセンスも自分を飾るアクセサリーでしかないのだ。分かるわー私もそんな人間だった。人気者だった同級生が気さくに女優を目指してると言うのを心からウザそうにしているが、彼女は思慮が浅くても行動をしている点でイーニドとレベッカとは比べ物にならない。イーニドは賢いので内心それは分かっていて、バカにしている女に遅れを取ってるのはコンプレックスだろう。

補習で美術講習を受けるシーンにも自分の意識の変化を感じられて、政治や社会を描いたフェミニズム意識の高い作品を称揚する美術教師を皮肉的に描いた演出は当時は痛快に感じていただろう。しかし20年経った現在の文化を見よう。特に日本。「◯◯に政治を持ち込むなよ」なんて寝言が堂々とほざかれ、凡そ30を超えた大人が楽しむものとは思えない幼稚な漫画やアニメやゲームにばかり触れて、そんな連中が"フェミ"と見做した人たちは現実で攻撃する文化荒廃。これを見た後だと教師の言ってることには「あなたの仰る通りです」としか言えない。多分この先生は薄っぺらい意識の高さでしかないが、核のないイーニドはその先生や未熟なフェミニスト生徒と同じ土俵に立ててすらいない。でもこの年代で特別な才能がなく、それでいて取りあえずのレールにも乗らない人はこんなもんだと思う。自分の平凡を知ってるからイーニドは焦る。その感情が垣間見える。

イーニドが知り合う中年レコードマニア シーモアのキャラクターも良い。怪しいおじさんにブシェミでまず勝利。シーモアはイーニドの同類と言える自分の好きなように生きている人間であるが、歳を取っているだけ分かってることが多くて、自分がダサくてキモくて人付き合いの下手なコレクターに過ぎないことを知っている。シンパシーを感じるのは音楽へのこだわりはとても強くて、イーニドに紹介された女性には熱く語り過ぎて引かれてしまい、出てきた若手には「なんだこのまがいモンは」と腹を立てる。とっても分かる。私もそういう損にしかならないこだわりあるから。それなら良かったのに、残念なことにイーニドに誘惑されると同世代の彼女がいるのに乗り換えてしまう。お前!ダメだろそこは。下手すれば娘だぞ。これを断れなかった時点でシーモアは所詮弱者男性。同じソーラ・バーチでも『アメリカンビューティー』のケヴィン・スペイシーは正気に戻ったのに。あれは処女なのにこんなおじさんとヤったらいけないよというそういうとこだけまともな倫理観があったからなのでイーニドには適用できないし、現実のケヴィン・スペイシー自体がまともじゃなかったけど。ともかくシーモアがキモいのは外見ではなく中身で、自分から誘ってではあるがイーニドも「やっぱ無理。ロリコンじゃん…」となったのだと思う。それと冷静に考えると若い内からこんな冴えないオッサンと付き合って良いんかと。これほどシーモアを深く見れるようになったのはTwitterなんかで精神を病みそうなほど見かけるキモいおじさんたちのおかげだ。アリガトヨ、ニッポン!

幼馴染とも好きな男とも家族とも破綻しているイーニドが当てはなくとも閉じられた町から出ることを選ぶのがサブカル的な生き方をしていた彼女にもっと見聞を広めることを示唆していて、その比喩として廃止されたバスに乗るのが面白い。もうないと思われてた活路だが実はあるのだ。そして取り返しがつかなくなるほど老いる前に乗れた。イーニドは自分を省みざるを得なくなってはいるものの、小馬鹿にしていたキリスト教保守派の宗教観や売れているという理由でヒット曲を評価するようになった軟弱『レディバード』やそれよりはマシだが矯正的な面のあった『スイート17モンスター』の奴らよりまだツッパリそうな雰囲気がある。自分のあるパンクになればイーニドは本当に強いはずだ。そんなアラフォーイーニドを見てみたい。

脚本が面白いが同時に映像としても見栄えが良くて、特にイーニドが見せる青や緑の髪の色や服装がイチイチ決まっていて、メガネも随所で変えており非常に魅力的。公開当時にYahooかどっかのチャットでスカーレット・ヨハンソンよりソーラ・バーチが良いと言って否定されまくったことは今でも恨んでいる。イーニドの方が華やかに撮られてるのになあ。ルッキズムどもめ。余談だが65歳女性が大学に入って映画を撮り始める漫画『海が走るエンドロール』では主要人物の1人グチがこの映画大好きで髪を緑に染めてる。面白いので映画に限らず表現が好きなら読んでください。私は最近小説執筆に目覚めたので、創作ものの話が刺さりまくってる。そのうち映画かドラマ化されると思う。