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ゴーストワールドのthornのネタバレレビュー・内容・結末

ゴーストワールド(2001年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

無分別な若者が世界を観察し、蔑み、そして自分の本質に近づいていく、言ってしまえば、意図せず世界との軋轢から己の魂を剥き出しにするとでも言おうか。この態度はサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」を思わせるのである。イニードが好きなバズコックスは、60年台のロックに強い影響を受けており、実は音楽性自体は非常に保守的なのだ。ライ麦畑のホールデンコールフィールド少年も聴く音楽は尖ったニューヨークのバップジャズでは無く、大らかなスウィングジャズだったりする。イニードは世間との軋轢から髪を緑に染め、田舎のダサい奴らに反吐を吐き、悪態をつくものの、本質的には好きな男にケーキを焼く(レベッカも「へ?ケーキ?」という反応)ような保守的な女なのだ。冒頭から、イニードとレベッカは手を繋ぎ、仲睦まじいものの、ジョシュに対する彼女たちの態度の違い(レベッカはマジで彼を蔑み虐めてるが、イニードは本当は好きなのに素直になれないだけで、それをシーモアに初見で見抜かれてる)が明らかで、彼女たちの別れはもう最初の段階ではっきりしていたりする。レベッカは変わり者だけど、キラキラしてるし、ギャルっぽいし、長女っぽい大人っぽさがあるが、イニードはいかにも一人っ子っぽい本気の変人、こだわりの塊みたいな人間だ。レベッカは二人で暮らす時にも、食器も見た目にこだわるのに対して、イニードは「そんなのプラスチックのコップやん」と言ったりする。ここでも揉める。価値観が相違している。イニードはオリジナルにとてもこだわる人らしく(それは、純度の高いものへの憧れだ)、パンクミュージックも70年台のオリジナルパンクスを愛聴しているのであるし、ブルースオタのシーモアから再発盤のブルースのレコードを買った後、ヒートダメージでよれよれになったオリジナル盤なんぞを買って聴いている描写もある。アメリカのオリジナル盤は劣悪な環境で適当に放置されてるものも多く、天日に晒されて盤がぐにゃぐにゃになってしまうのである。ブルースのオリジナル盤を聴く女子なんてほんとに現実にいるのか?と思わなくもないが、そこは映画なので。彼女は自分自身のことが全く理解できない。きっと、彼女よりも分別のあるレベッカはもう少し世間と折り合っているし、自分の持ち場をよく理解している。しかしながら、イニードの自分を理解できない、という完全な無分別な態度は、とても純粋で尊いものだ。彼女の無軌道なふるまいは、まわりの人間に混乱をもたらすのだが、やがて彼女は反省し(そう、彼女は反省できるいい子なんだよ)、ガキの頃に聴いてた?ノベルティソングの7インチを聴きながら、大嫌いな親父の後妻がくれたバイト先のTシャツをしげしげと眺めたりする(ここ、めっちゃジーンとくるんです。諦めたような表情が泣けませんか..)。大きな失敗をして、ガキの頃のことを思い出すことにより彼女がバカにしてたコンビニバイトのジョシュも、レッドネックのおやじも、嫌いな親父のツレも、こだわりが強く厭世的なシーモアも、変わってしまった親友のレベッカも、蔑んでたのは彼らの中にいる自分自身であることに気づいたのだろう。まさしくこれは青春の痛みだ。しかしこれは彼女しか理解できない種類の痛みなのだ。シーモアとのセックスも、彼女には強い違和感を齎したはずだ。気持ちと行動と関係がちぐはぐなのだ。最後に彼女は、痴呆老人が作中で毎日ずっとベンチに座り待っていた(彼もバスに乗り去っていくが、きっと亡くなってしまったことの暗喩だ)バスに単身で乗り込み、街を離れていく。彼女の魂の旅もこれで終わりなんだ、と思うと胸が締め付けられる。きっとイニードはこのあとしっかり就職して、レベッカにもシーモアにも二度と会わなかっただろうな、と想像させる。ここは自分の夢の中に閉じ込められてしまったホールデンとは全く違いますね。

追記
モノラル盤やSPレコード収集をしてる男は本気で変人ばかりだと思う。モノラル盤の再生でイコライザーの話をオタクがする件りは自分をみてるようで恥ずかしくなりますよね...
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