ケーティー

大阪物語のケーティーのレビュー・感想・評価

大阪物語(1999年製作の映画)
4.4
本当の意味で芸人の生き様、芸人讃歌を伝えようとした映画
池脇千鶴さんの輝き、田中裕子さんと沢田研二さんのうまさも光る


「火花」や「芸人交換日記」など売れない若手漫才師の青春を描いた作品は多々あるが、それはあくまでも若気の至りの描写がメインで、夢が叶わないほろ苦さはあるけれど、どこか芸人から見た芸人を描いているにすぎず、エンターテイメントとしてかっこいいけど、どこか生活の実感が完全にあるとはいいきれない感もある。この「大阪物語」は、大阪の芸人という縛りはあるが、社会の中での芸人を描こうとしている。そこに面白さや悲哀、ひいては芸人讃歌を感じる。

話は単純だ。夫婦漫才をする夫婦の娘を主人公に、娘から見た親・芸人を描いていき、短い期間設定の中で売れない芸人の一生を娘の視点で見せていく。そして、この芸人というのが、なんば花月に立つような大阪の芸人で、娘から見た親や周りの目線を描くなかで、社会の中の大阪芸人や大阪芸人が息づく大阪とは何かをあぶり出していく作品なのだ。

そもそも普通であれば、夫婦漫才で映画をつくれといわれれば、漫才コンビの二人のやりとりでドラマを描いていくのが王道だ。しかし本作は、そこを敢えて娘から描くという視点がおもしろい。もちろん、当時新人の池脇千鶴さんのプロモーション映画で吉本の芸人さんを絡めてというオファーがあったのかもしれないが、池脇千鶴さん演じる主人公を新人芸人や離婚した芸人の娘にしなかったところが市川準監督の心意気を感じる。圧倒的に作品作りとしては、新人芸人や離婚した芸人の娘のほうがつくりやすい。むしろ、夫婦漫才の娘とすることは、夫婦漫才のコンビを描くのか、娘を描くのかでどっちつかずになり、作品が浅くなるリスクが本来はある。しかし、本作は、敢えてそこにトライしている。それは、売れない芸人であっても、そこには家族がいて、人生があって、売れなくても死ぬまで生きていかなければいけない切実な現実があるという事実に向き合って作品をつくっているのだ。だからといって、芸人は厳しい、芸人はならないほうがいいという話しには終わらず、売れないどうしようもない芸人を優しい目線で描ききることによって、芸人讃歌まで感じさせる作品づくりは、人々の現実の機微を細やかに描こうとしてきた市川準監督ならではだろう。「火花」や「芸人交換日記」は売れない→芸人辞めるとスパッとできるのがかっこいいのだが、実際の芸人は、テレビに一時期は出れてもずっとは続かず、年収は低く(実際、一部の人やテレビのタレント芸人を除いて名前を知ってるような人でも年収が低いと聞く)、かといって他に転職もできずにズルズルと続けている人も多いはずで、そういう芸人を生きた人間として描くという視点に監督の作風を感じる。

また、映画全体で、台詞を極力廃した描写をしていることもいい。例えば、全体の話をすれば、初めは親の夫婦漫才の真似を娘は近所で披露するような女の子なのだが、だんだん普通の女の子になっていく。しかし、近所のたこ焼きやで手伝いをしながらテレビに映る親の漫才を観るシーンや、遊園地で友人と遊んでるときのシーン、飲食店の開店祝いのシーンなど何気ない日常のシーンで、直接言わずとも、親への根本的な思い(芸人の親を誇りに思ってる)は変わらないことや娘ならではの微妙な心の揺れを描くあたりは見事である。

また、本作の描写の技法では、日常のシーンをさせておいて、その脇で一番描きたい人物を黙って座らせて、その人の心情を描くという手法が度々使われるのだが、これがうまい。クリスマスやスナックのシーンなど実に鮮やかなのだ。

こうした心情表現のうまさ(※)はあげればキリがないのだが、それに加えて、大阪とは何かも現実の街や人を使ってうまく描いていく。

本作はおそらく大阪でも西成界隈をメインに描いており、トタン屋根の長屋のような借家が並ぶ光景やぼろアパートなど、貧困の現実をしっかり描きながらも、その中に風情もあるあたりが絶妙だ。また、なんば花月が出てくるように、もちろん芸人の活躍の場として、大阪の繁華街も出てくるわけで、そのあたりの色味のバランスもよく、トータルとして大阪は何かを描こうとしていて、そこがいい。
また、吉本制作の映画ということもあり、有名芸人が多数でてるのだが、この捌きもうまい。普通カメオ出演的なこういう手法は唐突感や無理やり感があって、ひどい場合は作品を壊すのだが、本作にはそこがうまくとけこんでいて、このあたりも市川準監督の力量なのだろう。

さて、最後に本作はこうした監督やスタッフの見事な構成・演出・撮影もさることながら、俳優陣もいい。主演の池脇千鶴さん、その親で夫婦漫才を披露する田中裕子さんと沢田研二さん、この三人のメインキャストはいずれも関西出身で揃えており、いうまでもなく台詞が自然でそれでいて味がある。

まず池脇千鶴さんは本作が映画デビュー作だが、おそらく、この青春のきらめきのような池脇さんの輝きをおさめただけでも本作に価値があるといっても過言ではない。例えば、「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」は奥菜恵さんの少女から大人へと変わる瞬間を捉えたことが映画の大きな魅力となっているが、本作も(奥菜さんと池脇さんでは全くタイプが異なるが)、そうしたその時でないと出せない池脇さんの魅力を閉じ込めた映画ともいえるのだ。

また、田中裕子さんと沢田研二さんの芝居がうまい。田中裕子さんの、芝居の味がよく、女性の微妙な心情、普通の女優さんだと表現できないところを見事に表現していき、今さらいうまでもないのだが、本当にうまくて、魅力的な人だなと思わせる。また、沢田研二さんも抜群で、本作の沢田さん演じる芸人は、言葉を選ばずに言えば、社会で言うところの人間のクズなのだが、そう生きることしかできない男の悲哀や芸人の切なさを垣間見せる。それでいて、カッコよさも仄かにある。大変恐縮ではあるのだが、正直なところ、この人がこれほどまでに芸人の悲哀を演じられる人だとは思っていなかった。本作を観て、「キネマの神様」を降板した志村けんさんの代役がなぜ沢田研二さんになったのか、よくわかった。「キネマの神様」も楽しみだ。


※以下はネタバレになりうる記述を含みます。










(※)その他、印象に残ったシーン

・すき焼きのシーン
母が父の茶碗をひっくり返し、こんなことをされても怒れない情けないにんげんになるなと怒ることで、怒りを爆発させるシーンが最高である。

・たこ焼き屋の手伝いしながら、テレビを観るシーン
たこ焼き屋で手伝いさせることで、主人公の女の子の面倒見のよいところや殊勝さや一途さを出せるし、店主のおばちゃんの台詞もいい。たこ焼きの準備をしていても、やはり両親の漫才は無視できないし、そんなら彼女の一途さが実によく伝わるのだ。

・遊園地で友達と会話する際に放つ主人公のセリフ
「あんたみたいなしょんべんくさいがきんちょになぁ、男と女の話がわかるか!……私もわからん……」

・「それほどの芸ですか」と言われた後の沢田研二さんの笑う芝居

・ミヤコ蝶々さんの芝居
特に、「お父ちゃん、ほんまに大阪におるんかなぁ?」と主人公に言われたあとの以下のセリフは、もう全盛期のミヤコ蝶々さんではなくて、あの独特の歯切れのよさは弱いのだけど、でもそれが逆に味になって唯一無二の芝居となっている。
「うん、大阪にいてるやろ。うん、いてるて。うーん……おかしいなぁ、大阪って、おかしいとこで、やっぱりここに、いったんここに住まれたら大阪から離れるのが嫌になんねん。どうしても大阪にいついてしまう。大阪が好きになんねんな。なんでやろな。だから、隆介にしても、春美にしても、もちろん私にしても、大阪から離れへん。なんやろな。とりあえずはもうねえ、まあ、大阪ってええとこやで。ええとこや、大阪って。何がええのんかいなぁ。まずうどんがうまいことな、うふふ」

・宝くじのうちわで田中裕子演じる春美が沢田研二演じる隆介をあおぐシーン
ここは細かいが、宝くじで、夢を追うもの(追ってきたもの)をリンクさせているのがいい。