荒野の狼

破戒の荒野の狼のレビュー・感想・評価

破戒(1962年製作の映画)
5.0
1962年公開の118分の白黒作品で、島崎藤村の破戒の二度目の映画化であるが、DVDや動画配信で鑑賞が容易なのは本作。被差別部落の問題を扱った映画は少なく、現在DVDで見られる作品で有名なものは「橋のない川」などに限られるので本作の貴重。

小説「破戒」は1906年に書かれたもので、部落問題を扱った作品として最初期のもので、歴史的に水平社運動につながるなどオリジナルの内容のままでも意義深いはずである。ところが、部落の問題に対する意識には地域差が大きく、映画に現代的な意味を持たせなくては意味がないとする考えもある。市川崑監督は、部落解放運動家の猪子(演、三國連太郎)とその妻(演、岸田今日子)が抱えるテーマを全篇に漲らせ、原作との違いを意図した。

本作には三國と岸田の出演場面で、原作にはないシーンやセリフがあり、差別問題にさらに深みを与えるものになっている。三國は、主人公の瀬川丑松(演、市川雷蔵)のすべてを理解し赦し、その生き様はキリストをすら思わせるもの。

部落の差別問題は、日本国内では、北に行くほど知られておらず、そのため小説「破戒」の出版時ですら、そうした県では、破戒で描かれる問題を全国的な問題ではなく、小説の舞台の山間部に特有なものと記載する新聞記事はあった。作者の島崎藤村自身も、作品発表後に、当時、80万人以上の人が差別されているという数字に驚いたとしている(「眼醒めた者の哀しみ(島崎藤村、1923年)」“島崎藤村「破戒」100年(大阪人権博物館)のp100より”)。現実には、部落問題は特に西日本で強く残っており、本映画の三國のセリフを中心とした、この問題解消に向けた今日的メッセージは褪せていない。

一方、映画の終盤(1時間43分前後)で、岸田が市川に語る次の映画オリジナルのセリフは、差別一般、社会正義一般に通じるものであり、より広いメッセージになっている。落ち着いて語る岸田は美しく、本作の名シーンになっている。

岸田:人間は皆、平等だと憲法にもあるそうですね。主人(三國)も部落民は普通の人間なのだ。差別するのは間違っていると言っておりました。それならば何故、間違った方の尺に合わせて生活するのです?普通の人間だと思うなら、普通の人間と同じようにするがいいじゃありませんか。
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