KOUSAKA

中国女のKOUSAKAのネタバレレビュー・内容・結末

中国女(1967年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

ザ・シネマメンバーズにて鑑賞。

確か大学生の頃か社会人になってすぐくらいの頃に、オシャレなアートワークに惹かれて一度鑑賞したものの、あまりの難解さに途中で断念した記憶があります。

今はさすがに毛沢東の文化大革命のことや、その歴史的失敗~共産主義の終焉まで一応理解しているので、今回は何とか最後まで鑑賞することが出来ました。

てっきり毛沢東の思想にゴダールが心酔して激しくアジテートしてくる内容だと勝手に思っていましたが、見終わった感想としてはむしろ逆というか、批判的精神をもって距離を置くようなスタンスを強く感じました。そういう意味では、2023年の今の視点で見ても古くささは感じませんでした。

もちろんメインで登場する5人の学生たちは、毛沢東語録を学習していくことでその思想に傾倒していくわけですが、その没入度や温度感は個人それぞれに違いがあるし、そもそもブルジョワジーや権威や階級社会を暴力やテロ行為で破壊したあとの「で、この後どうするの?」という問いに具体的に答えることが出来ない「空疎」や「欺瞞」を描くことに重きが置かれているように感じました。

アンリが「対話4」でインタビュアーに聞かれる「マルクス主義と戯れる子供?」という言葉や、映画冒頭の「曖昧な思想を明確な映像に対決させよ」という言葉がこの映画の全てなのかもしれません。そういえば「エジプトの子供の話」は痛烈やったな~🫢

ヴェロニクと哲学者フランソワ・ジョンソンとの電車内での会話(激論)も、まさにそんな若者たちの未熟さを突いていて、後半最大の見どころでした。この会話は全てアドリブらしいので、ヴェロニク役のアンヌ・ヴィアゼムスキーが当時は本当に急進的な革命思想にのめり込んでいたことが良く分かります。

絶対にゴダールにしか想像し得ないスタイリッシュで過激な演出の数々。やはり孤高であり傑作。天才の所業というものを体験したい人には、ここにその全てがあると言いたいです。

ラストシーン
すべてが反省だ 夏が終わり 新学期が再開
闘争の再開でもある 思い違いもしていた 大躍進と思ったが
大長征のひそやかな一歩にすぎなかったのだ
KOUSAKA

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