馬井太郎

酔いどれ天使の馬井太郎のレビュー・感想・評価

酔いどれ天使(1948年製作の映画)
3.5
黒澤作品を訪ね歩く時、避けて通れないマイルストーンが、この映画である。彼は、撮影の季節を、映画の中とは逆にすることが多かったことでも、よく知られている。「七人の侍」も、冬だった。粗末なボロ着物で雨に濡れ、泥濘に倒れこむ。身体の芯まで冷え切ったことだろう。
「酔いどれ天使」も、中味は真夏だが、冬に撮影された。扇風機を回し、団扇で蚊を追い払い、霧吹きでついた汗を手ぬぐいで拭く。寒い野外では、吐く息が白く見えるので、氷のかけらを口に含んで、外気温との差を少しでも縮めて撮影したそうだ。
ところが、たしか、志村喬だったと記憶しているひとつのシーンがあって、そこで、彼の口から白い息が一瞬漏れて見えるのである。室内だったから、照明によって、それなりに室温は上がっているので、息が白くなるほどではないはずなのに、私の眼にはたしかにそう見えた。もしかしたら、老眼の錯覚だったかもしれない。
ここでの注目は、木暮実千代である。良妻賢母、純情可憐な才女、とは全く違う、妖艶なセックス・アイドルは、当時右に出るものがいなかった。
初めて銀幕で眼にしたとき、私は、子供心に強烈な印象を胸に焼き付けた。吉原にでも行けば、こんな女と会えるのかな、などと、夢にも見た。
子供の私が、木暮ファンだ、などと言おうものなら、聞いた親はもしかしたら心配するんじゃないか、と思ったので、無難な女優の名をむりやり口にして、両親を安心させた、と今、回顧している。木暮本人が聞いたら、どういう意味なのよ!って、怒るかもしれない。