CureTochan

ウォー・ゲームのCureTochanのネタバレレビュー・内容・結末

ウォー・ゲーム(1983年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

いい女とは、つきあえなかった女だ、みたいな意味の名言があった気がするが、映画もそういうのはある。このウォーゲームに、二年後のダリルとか、劇場で観ることが叶わなかったものは多い。今と違って、下手をすると親子で立ち見になる時代、なかなか連れて行ってもらえない。ビデオもないから親が映画好きでなければ、テレビでやるまで観られない。運動会のとき、合間に友達同士で、みた映画の話を披露し合うのが無上の楽しみだった。どうせ観られないから、ネタバレとか気にしなかった。2つの映画とも、ノベライズがハヤカワ文庫から出たので、それは今でも持っている。ダリルが、このサイトにジャケ写すらないような忘れられた作品になるとは思わなかった。

ウォーゲームは、コンピュータのスクリーンに反射する男女の顔のジャケ写が、あまりにも面白そうだった。テレビCMで、合成音声がShall we play a game?というのにもしびれた。キャプテンアメリカの映画で、ナターシャが真似て可愛さ爆発のアレである。映画はみられなくても私にはパソコンでプログラミングする環境はあり、人工知能というモチーフ自体、最高だった。レデイ・プレイヤー1の原作小説には、シャイニングの代わりに本作のシーンがたっぷりあるそうだ。オタクの必須科目。でも映画では、政府みたいのに追われるプロットが似すぎているから変えたのかもしれない。

というわけで長じて、DVDが出るなり買った。マシュー・ブロデリックのつぶらな瞳にアヒル口、バイクに乗せてもらった彼が恐る恐る手を当てるピチピチヒロインの腰など、ノベライズではわからないものを豊富に盛り込んだ、生き生きした映画だった。大学のオタクたちの表現も秀逸だ。

ふざけて予約を入れた飛行機でスパイの疑いをかけられるなど、プロットの完成度も高い。正直、直すところはクライマックスがやや冗漫なことだけだろう。ここは、動きのないコンピュータだけに映像が単調で、監督の悩みは見て取れた。世捨て人の博士の態度が中途半端なのもいただけない。気持ちが変わった理由が曖昧だし、タイミングも、最後の最後ギリギリまで世界が滅んだらいいと思っているほうがよかった。そうすれば、解決を主人公に任せていることが自然に見えるし、最後にドラマが生まれる。まぁでもそこまでの緊張感は秀逸で、捕まるときの恐怖、ある場所でヒロインと合流したときの安心感などなど、観客を巻き込む主役の力は大きい。今なら、ブロデリックよりも演技が達者なトム・ホランドたんがいるが、逆にオタクっぽさは出ないだろう。ところで、核戦争は勝者がいないからやらない、という理屈で本作は終わるが、相手が持ってない日本のような場合は何度でもミサイル打つんだろうなぁ。

先日、キッズと一緒に観たら、やはり主人公の人気は高かった。GODZILLAとかもブロデリックがいたから良かったと思う。日本のゴジラに似てないとか、そんなんどうでもいい。だからオタクは嫌なんだ。
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