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手袋の失われた世界のくりふのレビュー・感想・評価

手袋の失われた世界(1982年製作の映画)
3.5
【フィルム缶は彼方へと逝く】

イジー・バルタは昔々、アニメーションを集中的に追っていた頃に知った、チェコのアニメ作家。モノを動かす人で、シュヴァンクマイエルの後輩さんですね。

見た中では『笛吹き男』が恐らくベストですが、本作も再見してみると、面白さや完成度で疑問符は付くものの、色々なコトの交差点になっているような、貴重さが感じられます。

タイトルを素直に取ると、舞台は手袋というものが存在しなくなった世界。工事人が、現場で地面を掘ると、手袋の“死骸”と16mmフィルムを発見する。帰宅し、上映してみると…。

登場人物すべて手袋となっている映画が、映画史をなぞる時系列に、次々続いてゆく。キーストン・コップスを思わせる手袋群に追われる、白手袋のサイレント・モノクロコメディに始まり、クラシック映画をのほほんと楽しむようなトーンが続くものの…段々怪しくなる。

物語は複雑になり、欲望は剥き出しとなり、世相は荒れ、全体が殺伐としてくる。さらに天敵さえ現れる。『ジュラシック・パーク』の予見?今だと笑っちゃうが驚く。そして本作の紹介でよく『未知との遭遇』までカバーとあるが、物語の締め方はまったく違っている。

見ていると映画史にダブらせて、擬人化された手袋による人類史、その未来までを語ろうとしている気がしてきます。窮屈な共産主義下で想像された、かなりネガティブな歴史観で。

そして、もはや地球上に救いはないという。キーストン・コップスに追われていた手袋と、最後に去ってゆく手袋がどうやら、同じモノらしいことは、狙いでしょう。

そして、あの“ノアのフィルム缶舟”…(笑)。

さらに、発見されたフィルムがフィクションでなく、実は“手袋種”の近代史そのものだったとしたら?

…本作は何重にもレイヤー化された物語となり、何度も反芻できる楽しみが顕れてくるのです。そこまで想定して創られたとすれば、この作り手はかなり、したたかだと思う。

ところで、コロナ禍の現代は“手袋が必須の世界”になってしまいました。“手袋の失われた世界”を、人間の未来として想像したのであれば、この点だけは、悪い意味でハズレですね。

<2022.8.24記>
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