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にんじんの一人旅のレビュー・感想・評価

にんじん(1932年製作の映画)
5.0
ジュリアン・デュヴィヴィエ監督作。

髪の色が元で“にんじん”と呼ばれる少年・フランソワの日常を、家族との関係を中心に描いたドラマ。
『にんじん』の映像化作品の鑑賞は実は2回目で、初めて観たのは15年以上前、小学校の臨海学習の時だった。小さなホールに児童が集められて、『にんじん』の短編(?)アニメを観た。“にんじん”という平仮名のタイトルが表示された時、そのダサさと無名さに思わず失笑が漏れたのを覚えている。だが観ているうちに、その余りにも悲しい物語にいつの間にか画面に釘付けになった。鑑賞後“いいアニメだったね~”なんて恥ずかしくて誰も言わなかったが、恐らくその場にいた全員が幼いながらも何か胸に迫るものを痛烈に感じていたのだと思う。
前置きが長くなってしまったが、本作は古典フランスを代表する名匠ジュリアン・デュヴィヴィエの『にんじん』。もちろん実写でモノクロトーキー作品。
主人公フランソワはとにかく可哀想な少年で、家族から愛情を全く受けていない。母親は露骨な態度でフランソワを毛嫌いするし、父親も無干渉主義でフランソワの孤独と悲しみに理解を示さない。フランソワには兄と姉がいるのだが、母親は上の二人に対しては母親らしく優しい態度で接する。フランソワだけが家族から浮いた存在で、唯一の味方は新しく雇われた若い家政婦だけだ。そうした中で愛の不在により次第に絶望していくフランソワの姿を描き、家族に対する愛と思いやりの大切さを最後に示している。
フランソワ・トリュフォーの『大人は判ってくれない』を彷彿させる内容で、特に人生に絶望したフランソワが無我夢中で疾走するシーンなんかそっくりだ。
そして、“愛せない子なら初めから作るな!”と父親に一喝する村人の言葉が強烈で、思わず面食らったかのような表情を浮かべる父親の姿も印象に残る。
今思うと、『にんじん』は児童文学とは言え子ども向けの作品ではない気がする。家庭内におけるフランソワの言動や態度に非があるわけではなく、少し悪態をついたとしてもそれは子どもらしい無邪気さの範囲内で済まされるレベルだ。むしろ、本当に本作を観るべきなのは子を持つ親たちではないだろうか。親の知らないところで、子どもは一人傷ついている。子どもに悲しみを与え得るのは親だが、そこから救い出せるのも親しかいない。子ども目線で家族の問題を浮き彫りにした古典として、人の親なら観て損のない作品だ。
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