MoviePANDA

ラルジャンのMoviePANDAのレビュー・感想・評価

ラルジャン(1983年製作の映画)
4.9
『愛、ゆえに』

極力無駄を排した、と言うより、人の業の深さを浮き上がらせる為に徹底した結果のこの演出。この演出があまりに素晴らしい為、他の方のレビューを見るとそこを語るものが多いようです。それは、映画を家に例えるならその家の“工法”に着目したものだと思うのですが、そこを熱く語りたくなるという気持ちにはやはり共感をしてしまう、そんなまさに傑作の映画でした!

誰もが知るビートルズ。最初の2枚のアルバムは2トラックでのレコーディング。その後の楽曲に関しても、確かマックスで8トラック。それに対し、サザンの『クリスマス·ラブ』という楽曲のトラック数は実に32トラック。それだけのトラック数を駆使しても、越えられない壁。その翌年、桑田さんはソロでレコーディングに臨みました。そこでのテーマ、それは「こたつを挟んだ距離で音楽を届ける」。結果、楽曲によっては生ギター一本にブルースハープという極力装飾を排したスタイルを選択。そして、生まれたアルバム『孤独の太陽』。

このアルバムでとられたスタイル。それは、あくまで“唄”を届ける為にとられた工法であって、それをやりたかったからというものではありません。(サザンと比べて)いつもとは違う編成が注目されたのも事実ですが、そこが目的ではなく、何より“唄”というものを聴き手にダイレクトに伝えたいと思い、結果考えた最善がそうだったという事。そんな『孤独の太陽』というアルバムを、サザン·ソロ全アルバム中No.1に挙げるファンが今でも多くいます。だから、この映画における演出というのも、まずはしっかり伝えたいものがあり、それを伝える為の工法がこうであったという事だと思います。

そんなこの映画、原作の第二部を描かず、あえて第一部の部分で構成しているようなのですが、その原作の第一部が、まさにこの映画で描かれている悪意の連鎖。描かれるその連鎖は、人が生きていく上で無くてはならない“L´ ARGENT - 金 - ”についての皮肉をたっぷり含ませながらも、それぞれの行動は愛ゆえのものという事も併せて映し出していきます。

この映画を観ていたら、始まって10分位で本当に胸が苦しくなってきたんです。それは、ただせつないとかそんなに単純なものではなくて。しばらくする内、それはまさにそこに愛があるからだという事に気付きました。
冒頭の少年の場合であれば、その彼の親がとる行動も、その愛ゆえ。
踏み込まれるアクセル。
それも妻と子を想う、その愛ゆえ。
そして…

目は口ほどに物を言うと言いますが、この映画での突出した演出、それが映し出される手元や足元。これが、目や口よりも物語をしっかり語る。台詞や説明を極力排しても、映し出すそれらが語りかけ、受け手それぞれがそこに答えや意味を見出だす。監督の映画を信じる力というのが映画全編に満ちているかのようです。

後半、一見すると“救済”を描いたかのように思えるその終盤。そして、起こる出来事。それはあまりに唐突で、不条理と感じる人もいるかもしれません。しかし、主人公と同じ家族構成のボクにとってこの結末は、不謹慎でありながらも当然の結末の様にも思えてしまいました。それは、おもちゃ屋さんのショーウインドウを眺める彼の姿に“今も変わらぬ想い”を感じたから。

この映画の隙の無さ。もっと言えば、削ぎに削ぎおとした演出ゆえの無駄の無さ。無駄が無いから隙が無い。ただ、その中に伝えたいものはしっかりと込められている。映画としてのひとつの極致である事にまちがいはありません。ただ、ここまで突き詰めるのであれば、もうクレジットも排したい位に思えてきます。

ちなみに、今ボクがハマっている黒沢清監督は、この映画の最後に希望というものを見出したそうで、それをそのまま自身の映画『トウキョウソナタ』の最後の場面に拝借しているとの事。元々近いうちに観ようと思っていた映画ですが、ますます観るのが楽しみになってきました!(´・∀・)
MoviePANDA

MoviePANDA