櫻イミト

大いなる神秘/情炎の砂漠の櫻イミトのレビュー・感想・評価

大いなる神秘/情炎の砂漠(1958年製作の映画)
4.0
※本作のリメイク元「インドの墓」がFilmarks未掲載なのでここでメモしておく。本作のレビューは「大いなる神秘/王城の掟」の頁にて。

■「THE INDIAN TOMB(インドの墓)」(1921) 210分
監督・製作:ヨーエ・マイ(ジョー・メイ)
脚本:フリッツ・ラング テア・フォン・ハルボウ
日本未公開

新人時代のフリッツ・ラングが前妻で脚本家のハルボウと共同脚本を書いた神秘的な秘境冒険巨編。ラングは自ら監督することを希望したが映画会社からキャリアが浅いと判断、先輩のヨーエ・マイが監督製作を務めた。ドイツ映画史上最高の予算で制作され“世界最高の映画”と謳って公開、興業は大成功を収めた。

※ラング自身による38年後のリメイク作「大いなる神秘」は脚本が大きく変更されテーマも変えられている。

■あらすじ
・プロローグ
インド大陸のエシュナプール王国。マハラジャ国王(コンラート・ファイト)の指示により、地中から修行僧ヨーギ(ベルンハルト・ゲッケ)の死体が掘り出される。彼は悟りを極めるため自らを生き埋めにしたのだった。もし死の眠りから蘇ったなら現世に存在しない力を得るだろう。

・第1章「ヨーギの使命」
イギリスの建築家ローランド(オラフ・フエーンス)の家にヨーギが現れる。エシュナブール王国に巨大な墓を建設する依頼だった。ヨーギの魔法力で契約させられたハーバートはインドに向かう。婚約者アイリーン(ミア・マイ)も後を追う。マハラジャ国王は、自分を裏切って不倫した王女を幽閉し相手の英国将校と共に墓に葬ろうとしていた。遅れて到着したアイリーンはローランドとの面会を求めるが、国王は「彼の創造性を妨げる」として拒否。一方、王女は親友の踊り子ミルジャに英国将校への危険の報せを託すが、既に彼は兵隊から追い詰められていた。

・第2章「エシュナブールの虎」
建築家ローランドは禁足地に足を踏み入れた呪いでハンセン病になり隔離されていた。婚約者アイリーンは国王に懇願し、自らの命を捧げることと引き換えにヨーギの魔法で彼を治癒してもらう。彼女の真心を確認した国王は「自己犠牲は必要ない」と審判する。一方、兵隊に捕らえられた英国将校は何頭もの虎がいる庭に投げ込まれる。王女に協力した踊り子ミルジャも蛇の毒牙により絶命。これを見たローランドとアイリーンは王女を連れ出し脱出する事を決意するが。。。

■感想レビュー
超大規模セットで繰り広げられるエンターテイメントなサイレント映画だった。当時ドイツの作品は表現主義映画ばかり観てきたので、これほど豪華な冒険ファンタジーがあったことに驚いた。

冒頭から大好きな「カリガリ博士」(1920)の“眠り男”ことコンラート・ファイトと「死滅の谷」(1921)の“死神”ことベルンハルト・ゲッケの競演で始まり嬉しくなる。巨大な宮殿セット、オリエンタルな衣装ともに秘境のムードが満点。土中から体を亀のように畳んだゲッケ修行僧が掘り出される。その光景は異様なインパクトがあり導入の掴みとして完璧。

いよいよ本編開幕。仕切り直して現代的なイギリスの家屋からスタート。“秘境”との落差が体感できて異郷モノ演出として的確。修行僧が空中から現れる超自然的な描写により、本作がファンタジー映画であることが明示される。

続いて舞台はメインとなるエシュナブール王国へ。3000人のエキストラを使ったとう架空王国の風景は当時ハリウッドの大作史劇に引けを取らないゴージャスな仕上がり。宮殿のセットは内外共に念入りに作り込まれ、実際の史跡と言われてもおかしくないほどの出来映え。ベルリン動物園から借りた虎や象など沢山の動物たちも登場し秘境ムードを盛り上げる。

本作の美術美術スタッフは後にラング監督の「ニーベルンゲン」(1924)「メトロポリス」(1929)を手掛けることになる。ちなみに王女の不倫相手の英国将校を演ずるのは後に「ニーベルンゲン」で主人公ジークフリード役となるポール・リヒター。

そして物語を動かす実質的な主役=建築家の婚約者アイリーンが宮殿に到着。演ずるのはヨーエ・マイ監督の妻ミア・マイ。美人と言うより愛嬌のあるキャラクターで、誰もかなわない絶対権力者マハラジャ国王の対となる存在として活躍する。

以降、離れ離れになった二組のカップル=建築家と婚約者、王女と英国将校のピンチを並行して描きつつ、マハラジャ国王の表と裏の顔が解き明かされていく。

マハラジャ国王の屈折したキャラクターを体現するコンラート・ファイトが相変わらず見事。絶対的権力者としてのプライドが不倫した女王への愛と憎しみを拗らせる。彼の意外な良心が明かされるのが、後半の第一クライマックスとなる婚約者アイリーンとの対峙シーン。

建築家の病を治すため、自らの命との引き換えを申し出たアイリーン。願いはかない巨大仏像のある神殿で生贄の儀式が始まる。現れたのは司祭としての正装に身を包んだマハラジャ国王。

〈アイリーン〉
神の僕よ!私は神に自分自身を捧げると誓いました。
私は約束を守ります。死なせてください国王様!

〈マハラジャ国王〉
あなたの死によって何が得られるでしょうか?
あなたの犠牲とは、私をあなたの神にすることでした。
私はあなたの中に癒しを求めたのです
過去を忘れて許すこと・・・

※この台詞はラング監督がリメイク作について語った言葉「過去は許して、しかし決して忘れない」の鏡になっていることに注目しておきたい。

しかし直後、マハラジャ国王は捕らえられた不倫相手の英国将校を目の前にした途端にダークサイドに堕ちてしまう。瞬く間に将校を虎の庭へと強制連行のして虐殺、王女に協力した優しい踊り子ミルジャも毒蛇の毒牙に欠けて抹殺と、物語の展開的にも無慈悲で容赦ない。この狂気に触れた建築家と婚約者は、次の処刑者となる王女を連れて脱走しクライマックスへと向かう。

※ラストのネタバレ
崖上に逃げて追い詰められた三人。縄梯子の橋を渡り対岸へ建築家と王女が渡ったところで、婚約者アイリーンは追手の足を止めるために縄梯子を切断し一人残る。またも自己犠牲の行為。追いついたマハラジャ国王は対岸の王女に「戻ってこなければアイリーンを殺す」と脅迫するが、これを聞いた王女は崖下へと身投げする。国王は悲痛な表情で青ざめる。
・エピローグ
建築家は王女のために大きな墓を完成させた。宮殿を去る二人が出口でひざまづく僧侶に気付く。それは痛悔と絶望に満ちたマハラジャ国王だった。

本作にはキリスト教的自己犠牲の精神が横たわっているが、マハラジャ国王の罪は懺悔などでは許されぬ永遠の苦しみを予感させて終幕する。冒険エンターテイメントのラストとしてはあまりにも重い落としどころなのが、ラングとハルボウ脚本ならではの重厚感を感じさせる。二人がその後手掛けた映画はどれも神話的と言える。

個人的には当時の大予算サイレント映画の中でも出色の傑作と感じられた。終盤に超能力僧ヨーギが登場しないのは問題だが、後はペースが少々スローに感じるぐらいで非常に楽しめた。

ヨーエ・マイ監督は本作以外にも「アスファルト」(1929)などの名作を残した当時ドイツの一流クリエイター。大プロデューサーとしても活躍しており、本作の大規模予算も彼が世界から資金を集めたとの事。もしも当時のラングが本作を監督したとしてもこれほどの予算はかけられなかったので、結果的には良かったのではないか。

本作のような傑作が日本でソフト化されないどころか、Filmarksにさえ未掲載な現状はとても残念なことだ(1年以上前にFilmarksに登録希望を出したが叶っていない)。本作の鑑賞レビューに伴い当時ドイツの映画を色々とリサーチしたが、本作以外にも面白そうな映画が沢山見受けられた。日本で紹介されている古典映画はハリウッドが中心で、ヨーロッパは巨匠作品に限られているのが現状なのだ。

映画黄金期である1920年代から100年を迎えている今、当時の映画大国ドイツをはじめヨーロッパの傑作古典群を日本語版で紹介してもらえたら、映像の時代を生きてきた我々にとってこの上ない現代世界史の学びの機会にになるはずだ。実現を切に願いたい。
櫻イミト

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