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ぜんぶ、フィデルのせいの一人旅のレビュー・感想・評価

ぜんぶ、フィデルのせい(2006年製作の映画)
5.0
ジュリー・ガヴラス監督作。

1970年代のパリを舞台に、共産主義に傾倒する両親を持つ9歳の少女アンナの成長を描いたドラマ。

『Z』(1969)『背信の日々』(1988)『ミュージックボックス』(1989)の社会派映画の巨匠コスタ=ガヴラスの実の娘ジュリー・ガヴラス監督の長編デビュー作。1970年代のパリを舞台に、スペイン貴族出身で弁護士の父と雑誌記者の母がある日を境に共産主義に傾倒した結果、それまでの恵まれた生活が一変する様子を、厳格なミッションスクールに通う9歳の娘アンナの視点で描いてゆく。

シャルル・ド・ゴールの死、アジェンデ大統領就任によるチリ社会主義政権の成立、スペインのフランコ独裁政権、反体制を訴えるパリのデモ行進、チリ・クーデターによる社会主義政権の崩壊など、1970年代のフランス国内外の情勢を色濃く反映した内容。チリのクーデーターに関しては監督の父コスタ=ガヴラスがジャック・レモン主演で『ミッシング』(1982)を撮っているので、本作にもその影響が見られる。

テーマは少女アンナの成長。アンナはさまざまな“価値観”と触れ合ってゆく。共産主義という価値観、ウーマンリブ運動という価値観、厳格なミッションスクールが子どもたちに強制する価値観…。世の中に存在する無数の価値観、そのどれもが人によっては正しく、人によっては間違いである。絶対的に正しい価値観など存在しないことに気づいたアンナは、ひとつの価値観を盲目的に信じ続ける父親や母親の姿を見て子どもながらに疑問を抱いてゆく。さまざまな価値観に囲まれながら、やがて自分なりに考え理解する力を身に付けてゆくアンナの姿が感動的だ。そして、アンナと転校先の公立校に渦巻く“無数の価値観”との初めての遭遇を表現した、長回しのラストカットが秀逸。

主人公アンナを演じた新人ニナ・ケルヴェルの演技が素晴らしい。常に不満を抱いているようなふくれっ面が逆にキュート。自分が信じた価値観の敗北を知り、一人窓辺に佇む父親の手に優しく触れる姿も印象に残る。
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