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卵のnetfilmsのレビュー・感想・評価

(2007年製作の映画)
3.9
 カプランオールの自伝的物語を描写した三部作は青年期から思春期へ、思春期から幼年期へと徐々に時間が退行していく不思議な物語である。イスタンブールで暮らす詩人のユスフは、母親の死の知らせを受け、何年も帰っていなかった故郷に帰る。古びた家に帰るとアイラという美しい少女が彼を待っていた。ユスフは、5年間、母の面倒を見てくれていたというアイラの存在を知らず、アイラは母の遺言をユスフに告げる。遺言を聞いたユスフは遺言を実行する為に旅に出る。失われていた記憶が甦ってくる。それは、ユスフ自身のルーツを辿る旅となった……。ユスフと母親とのギクシャクした関係の理由が今作ではまったく描かれない。牛乳屋として仕事に励みながら、詩人を目指していた思春期のユスフ少年は、愛する母親に男がいると知り、母親を否定し半ば無理矢理に大人への道筋をたどっていく。あの『ミルク』の物語の延長にこの物語があるならば、母親と距離を置くために、故郷から遠く離れたイスタンブールでの生活をユスフ少年が選択したことは容易に想像がつく。

 最初は頑なに母親の葬儀を拒み続けたユスフの心に様々な心象がフラッシュバックし、張り詰めていた心にある霊的な瞬間が訪れ、あちらの世界でユスフと母親は交信する。けれどそれはトンデモ映画の方法論ではなく、真に霊的な美しい瞬間として主人公を包み込む。あの場面の美しさは実際に映画に触れなければわからない。本来ならば『蜂蜜』を観た後でこのシーンを観れば、父親の死と母親の死が密接な関係を持っていることに気づく。2作目3作目でも主人公の癲癇の発作の場面は繰り返し出て来るが、その癲癇の発作こそが主人公に異界との交信をさせる契機となる。今作において最も重要なのはサーデット・アクソイの表情に他ならない。彼氏との会話の中で、イスタンブールで勉強したいと告げる彼女の存在は2作目『ミルク』の中の思春期のユスフ少年と少しダブって見える。今作はトルコ社会における死の悲しみと生の喜びを同時に享受し、世代から世代へとゆっくりと確実に流れていく季節を的確に描写している。ショットの構図も印象的なロング・ショットからクローズ・アップへヨーロッパ映画らしからぬ粒子の粗い映像で淡々と綴られる物語は、奇跡のような連環を成す。
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