ちろる

心のちろるのレビュー・感想・評価

(1973年製作の映画)
3.4
独特な空気感溢れるATG版の「心」
原作の明治時代の世界観を70年代の昭和の空気に落とし込んでいる本作。
非常に暗さが漂い、出だしからくるべきラストを予感しているよう。

Kは、戦争未亡人であるM夫人の自宅を間借りするのだが、この家にはアイ子という一人娘がいて、Kは密やかに恋心を抱くようになる。
そんな頃、Kの親友のSが進学の件で実家と折りが合わず鬱病のようになったことを心配して、自分の借ありた部屋の一つをSに貸したいM夫人に説得する。
Sは越してきたことを機に少しずつ心が和らぎ、次第にこの下宿先に馴染んできたが、そんな頃、実はSもアイ子に想いを寄せている事をSは Kに打ち明けるのだ。

ありがちな三角関係の始まりのようだが、SとK、そしてアイ子の繊細な関係性と、登場人物がこの70年代特有の屈折した若者像をあてはめていることによって、どうしようもない暗さへと繋がっていく。

友人の突然の死に思い悩むKとは異なり、全てはじめから見透かしてM夫人と、無表情で冷たさのあるアイ子が、虚無感を感じさせていく。
夫人は「真面目な人」が下宿人の条件としていたが、その中には十分な財産がある男性ということが含まれているのが下宿代の高さからも見え隠れする。
そしてKはその条件通りであったため、アイ子の婿候補としてSはあり得なかったのだろう。
そしてアイ子もまた、全て母任せとしながらもKとS2人の男の好意をポーカーフェイスで手玉に取る魔性っぷりが彼らを焦らせ、そして狂わせた。
アイ子は2人の間で揺れ動いたものの、蓼科山へ登ろうとするSへの強めな言動から、どこかで無財産のSを見下していて、「私を手に入れたいのならば山頂まで行きなさいよ。」といった条件を与えたようにも見える。

Sはおそらく学生運動などを通してプロレタリア思考を強くし、自らのブルジョワ的立場を捨てたものの、覚悟がなかったが故自爆した。アドバンテージを忌み嫌いながらも、それらがなければ全くもって無力だった自分に気がつき、それらを持つ親友に呆気なく何もかもを勝ち取られたSの絶望を、わたしたちも呆然と見守るしかないのだ。

原作では、M夫人の存在感をそこまで強く感じられなかったのですが、乙羽信子さん演じる未亡人が非常に強く、印象付けられた本作は、また原作とは違った感覚で作品を味わう事ができるのではないでしょうか。
他3人が敢えて?なのか棒読み演技故に余計に生々しい存在感で作品をかき乱していました。
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