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あなたへのtakのレビュー・感想・評価

あなたへ(2012年製作の映画)
3.8
 偶然だろうか。村上春樹の「女のいない男たち」を読み終えた後で、ふとこの映画を観る気になった。映画「あなたへ」は、まさに"女のいない男たち"ばかりが登場するロードムービーだ。刑務所で木工の技官を務める主人公(高倉健)は、妻(田中裕子)をの遺言に従って散骨のため車で長崎を目指す。道中彼が出会う人々との触れあいがじんわりと心に染みる人間ドラマだ。同じく妻に先立たれたという自称元教師(ビートたけし)、実演販売で全国を回る会社員(草彅剛)、彼の同僚である男性(佐藤浩市)。目的地の港町で出会う食堂の女将(余貴美子)と娘(綾瀬はるか)、そして散骨を手伝う漁師(大滝秀治)。

 妻との思い出を回想しながら物語は進行する中、観ている我々は少しずつ亡き妻の思い、脇を固める人々それぞれの思いを断片的に拾い集めることになる。短い場面や台詞のひとつひとつが心に響く。遺作となった大滝秀治が、散骨を終えて港に戻った後の台詞「久しぶりに、きれいな海ば見た」。撮影中にこの台詞を聞いて泣いた、と高倉健はインタビューで答えている。最初は船を出すのを断っていたのが、散骨を終えた後で発するこのひと言は、ずっと海で生きていた男の姿を感じさせる。また、佐藤浩市が主人公に渡したメモの筆跡を見つめる余貴美子の視線も、台詞はないものの印象に残る場面。全国を回る仕事を続ける草彅剛が、ビジネスホテルで寝起きするさみしさとその本当の理由を口にする場面。佐藤浩市がその愚痴る年下上司をを諭すひと言。ビートたけしが主人公に語る"旅とさすらいの違い"。

 主人公と出会う"訳あり"の男たちは、みんな女性を失った者ばかり。ネタバレになるので詳細は書かないが、彼らが抱えるさみしさは、「女のいない男たち」を読んだ後だからか、見ていてとても胸に迫る。その感情を抱え込みながら、彼らは普通の生き方からドロップアウトしてしまった男たち。そもそもこの映画は、高倉健がもっと若い頃に撮るつもりで企画されたものだったらしい。だが、今の年齢で演ずることで物語としてはぐっと深みを増しているようにも感じられる。幾度も相手役を演じてきた田中裕子の静かな口調と微笑み、そして童謡歌手として歌う宮沢賢治作の「星めぐりの歌」もじんわりと心に染みる。この映画で描かれるドラマは、若い人にはピンとこないところも多々あるだろう。ある程度年齢や経験を重ねた人でないと。でも高倉健と降旗監督の映画って、どれもそういう味わいなのかもしれない。僕は「駅」を高校生の頃観ている。大人が生きていく上での孤独感めいたものを感じたけども、今観るとそれが実感として理解できるんだろうか。
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