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天と地のtanayukiのレビュー・感想・評価

天と地(1993年製作の映画)
3.5
オリバー・ストーン監督「ベトナム戦争三部作」のラストを飾るのは、南北ベトナムとアメリカのはざまにあって数奇な運命をたどらざるを得なかったベトナム人女性レ・リーの視点から「あの戦争は何だったか」を問う年代記。アジア系が主役の映画がアメリカで受け入れられるようになったのはここ数年の話だから、30年も前にそれをやってのけたオリバー・ストーンの意気は買う。が、いかんせん、アメリカの恥部をさらす暗いストーリーと、移民社会のアメリカにあってもマイナーすぎるベトナム系が主人公ということも影響したのか、興行的には大失敗し、制作費を回収するどころか、1/5ほどの興行収入にとどまったのは残念だった。

あくまで主人公のベトナム人一家に寄り添い、かれらを中心にストーリーを組み立て、最後までそれを貫いたストーンには頭が下がるが、根本的なところで、かれらが最初から英語で会話をすることの違和感が最後まで消えなかった。アメリカ人は字幕嫌いだと聞いたことがあるし、マーケティング的に字幕なしでいきたいという理屈はわからんでもないけど、やっぱり、相手をリスペクトするなら、その言葉を奪ってはいけないと思うのだ。演出上、ベトナム人がアメリカ人と話すときは、あえてたどたどしく、発音のはっきりした英語を話すことで、それっぽさを出していたけど、そこにはどうしても越えられない壁がある。

その意味で、この映画は、ベトナム人が撮ったほうがよかったのではないかと思う。もちろん、ベトナム人が撮れば、ナショナリズムという別のバイアスがかかるのは避けられないし、おそらくアメリカで上映される機会もなかったかもしれないけど、レ・リーが生き抜いた時代の質感というかディテイルは、もっと細やかに表現されたのではないか。この作品は戦争やイデオロギーによる対立の醜悪さと、それによって狂わされた人たちの苦しみと悲しみを淡々となぞる形式をとっているが、過酷な運命を描いているはずなのに、どこかありきたりな感じがするのは、アメリカ人から見たステレオタイプなアジア人という枠組みを越えられなかったからではないかと思うのだ。

のどかな田園風景とは裏腹に、長年にわたって仏軍→日本軍→仏軍→米軍による侵略を断続的に受けただけでなく、分断国家の国境付近にあったばっかりに、同じ民族の北ベトナムの支援を受けたベトコン(南ベトナム解放戦線)と新米政権の南ベトナム政府軍の双方から蹂躙された村の生活は厳しく、そして貧しかった。

ベトコンと通じているとして南ベトナム軍に拷問され、母親がなけなしの金をつかませて釈放されたと思ったら、今度はベトコンにスパイ容疑で殺されそうになり、レイプされて、村にいられなくなったレ・リー。首都サイゴンで住み込みの家政婦となるが、主人の子を宿したことから追放され、不義の子を産んだとして父親からも見放されて、乳飲み子を抱えながら、生きていくためにやむなく米兵相手の売春に手を染める。そんなとき海兵隊員スティーヴと出会い、彼のやさしさに心をほぐされて結婚。サイゴンが陥落し、南ベトナム政府が崩壊すると、一家はアメリカに帰国し、新生活が始まるが、スティーヴは特殊部隊の過酷な経験からPTSDを患っており、徐々に精神を蝕まれていく。どこまで行っても過去の因縁からは逃れられないという仏教の教え。レ・リーははたして安息の地にたどり着くことはできたのか。

△2023/06/13 U-NEXT鑑賞。スコア3.5
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