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セントアンナの奇跡のodyssのレビュー・感想・評価

セントアンナの奇跡(2008年製作の映画)
4.5
【見応えのある大傑作】

第二次大戦中、実際に存在した黒人部隊のお話ですが、単に糞リアリズムによって人種差別だとか勤務・戦闘の苛酷さだとかを映し出した作品には終わっていないところがすばらしいと思いました。色々な意味でたいへんに見応えのある映画になっています。

80年代アメリカで、郵便局の窓口販売員が突然客を射殺し、しかも犯人の住居からは第二次大戦中ナチスに破壊されたルネッサンス時代の彫刻の一部が発見されます。この謎を解くカギが第二次大戦にあるという趣向なので、2時間40分に及ぶ長尺の作品ですがまったく退屈しませんでした。

といって、謎解きだけがこの映画のポイントなのではありません。大戦中のイタリア人、ドイツ人、そしてアメリカ人兵士の多様な群像をそれぞれに描き分けるところにも意を用いていますし、イタリア・トスカナ地方の石造りの家々や街路も絵になっていますし、何より黒人兵によって助けられる少年アンジェロの造型が見事です。

少年は実在しない誰かと話をすることができ、またそういう能力が素朴な黒人兵の一人を惹きつけるのです。私はこの映画を見ていて、昔のイタリア映画『愛のアンジェラス』を思い出しました。或いは、スペイン映画『汚れなきいたずら』だとか、南欧系の少年を主人公にした映画も想起されます。スパイク・リー監督は主役の少年に『自転車泥棒』のDVDを見るよう薦めたそうですが、監督自身も南欧のそうした映画に影響されていたのかも知れません。

無論、黒人兵がおかれた差別的な状況もこの作品の大きな柱です。アメリカにいた頃は、捕虜のドイツ兵よりひどい扱いを受けたり、戦闘のさなか、ナチスドイツの若い女性アナウンサーのチャーミングな声で「あなたたちは差別されているでしょ、アメリカ軍なんか捨ててこちらにいらっしゃいよ」と呼びかけられるところがなかなかです。

また『愛を読むひと』などとは違って、英語、イタリア語、ドイツ語などの各国語がとびかい、言葉の通じる・通じないという大事なところがちゃんと描かれているところも、この作品が手間暇をかけて作られていることを示しています。

なお、この映画は一見すると構図がはっきりしていて分かりやすそうに思えるのですが、作中の色々なセリフやシーンに籠められた意味は結構入念に考えられていて、日本人にはすぐには分からないところもあるようです。例えば黒人兵の中でネグロン伍長がイタリア語を理解するのは彼がスペイン語とカトリックのプエルトリコ育ちだから(スペイン語とイタリア語は類似している)ということのようですし、冒頭近く、80年代NYに住む主人公がテレビで『史上最大の作戦』を見ているのは、映画『史上・・・』で描かれた経緯のその後の経過が実は彼自身の物語に関わっているからとのことでした。以上は、パンフレットに載っていた瀬戸川宗太氏と越智道雄氏の解説によります。パンフレットにも役にたつのとそうでないのがありますが、この映画のパンフはお買い得だと思います。

ちなみに、パンフにも書いてありますが、第二次大戦時のアメリカ軍には日系人の部隊もありました。日系人部隊も黒人部隊も、白人部隊に比べると危険な場所に送られる度合いが高かったのです。差別されていたからですし、また差別されていながら危険な場所での戦闘をためらわないことによってアメリカへの忠誠心を示さなくてはならなかったからでした。戦争にあっても、「死ぬのは誰でも平等」では決してなかったのです。
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