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デルタ・フォースのmasatのネタバレレビュー・内容・結末

デルタ・フォース(1985年製作の映画)
2.7

このレビューはネタバレを含みます

だからアメリカは悪役なんだ、
いや、アメリカは悪いんだ。
と言う前提は、忘れよう。

時は80年代折り返し地点。
豊潤な時代のバブリーバリバリのバブル大作。
ご機嫌な80年代音楽に乗せ、戦意昂揚、いや、悪を倒すチャックが、まさしく桁の違うスケールで大暴れしていた。
最新オートバイ兵器を乗り回し、まるで“屁”をこくように、後方ミサイルをブ(リ)ッ放つ。
夕陽を背景に、敵を丘の上でただ1人待ち構えるチャックへのここぞとばかりのズームアップ!この、孤高というより“迷惑な単独行動”野郎は、永遠に神格化されることのない“ノリ”一直線の愚直な勇姿となった。そしてこの可愛げのない無骨な表情もここまでくればバブリーヒーローであった。

この頃、この自己顕示欲に、かのイーストウッドもタジタジだったのがよく解る。
イスラエルから大金抱えてハリウッドへと乗り込んできたCANONグループと結託し、作られたヒーローはギンギンだった。

中東系テロ軍団とアメリカ軍特別班デルタフォースの戦いを、イスラエル出身のCANON総帥メナハム・ゴーランが直々にメガホンを取った超大作であり、いま観るとなかなかに問題アリアリの作品。
戦争肯定、そして中東テロ、それらの描き方が、気持ち良いほど“前時代的”であった。おっとそんなことは、また忘れよう。

チャックも、右にリー・マーヴィン置いておけば、好き放題演れ、対象的で際立つ。
無骨な大将リー・マーヴィンの最期の勇姿となった。やはり“特攻大作戦”の陣頭指揮は彼しかいない。だからこそ、部下が伸び伸びと勝手し放題になれるのだ。そんな自由な悦びのチャックが刻まれている。

バブリーキャスト(棚ぼた)はリー・マーヴィンだけでは無い。
イスラエルの金にモノを言わせ、
シェリー“ビッグ・バッド・ママ”ウィンタースや、スーザン・ストラスバーグ、そしてドイツからハンナ・シグラと、この名女優たちの、スケジュール空いてる奴を掻き集めて、使い散らかすバブリーさ。同じく、マーティン・バルサムやジョージ・ケネディ、途中で居なくなるロバート・ヴォーン、最後まで付き合うボー・スヴェンソンらも、使われ損。
さらに、あのロバート“アリゲーター”“ジャッキーブラウン”フォスターなんかは、中東のテロ獅子役とくる。
こんな面子を使いながらも展開的な裏切りが全く無いのだ・・・掻き集める、とはまさにこのことであり、生殺しでありながらも、ここまで来れば十波一絡げな活用も見所と言える。

こんな(幸せな)輩に囲まれつつも、ひたすら遠く距離を置くチャックが可笑しい、バブリー・サウンドトラックに浮かされながらの彼最大の制作費が投じられた、ある種、80年代の象徴のB級超大作。
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